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2020.03.08 07:00  週刊ポスト

桂米團治 人情話から漫才風の会話まで「上方の演目」を堪能

桂米團治の魅力は?

 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、上方落語の演目を東京・銀座で堪能した桂米團治の独演会についてお届けする。

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 1月12日、銀座ブロッサム中央会館の「桂米團治独演会」に出掛けた。正月と夏の年2回開かれる恒例の独演会で、今回は『軽業』『一文笛』『池田の猪買い』の3席がネタ出しされていた。

 1席目、米團治は「我々が見台を張り扇と小拍子で叩くのは上方落語の発祥が大道芸だから」と説明してから「そんな世界に皆さんを誘います」と『軽業』へ。喜六と清八の伊勢参りの道中で起こる出来事を描いた長編連作『伊勢参宮神乃賑』(通称「東の旅」)の一部で、張り扇と小拍子でリズムを刻む軽やかな道中付けから「その道中の陽気なこと」と鳴り物が入った後、この二人連れが氏神の正遷宮の祭礼で賑わう村に入っていく。

 インチキな見世物小屋で騙され続ける二人の能天気なやり取りから一転して、軽業小屋の場面では鳴り物が入り、口上をたっぷりと聴かせる。軽業師の綱渡りの様子を二本の指と扇子で表現する楽しさも含め、上方落語ならではの浮かれ気分に満ちた賑やかな高座だ。

 2席目は桂米朝作『一文笛』。駄菓子屋で一文笛を買えず「銭のない子はあっちへ行け」と言われている子を見たスリ名人の秀が、自らの貧しかった幼少期と重ね合わせて不憫に思い、笛を盗んでその子の懐に入れたことがとんでもない事態を招く。上方だけでなく東京でも演り手が多く、今や「昭和の古典」と言っていいだろう。人情噺の名作だ。

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