米團治は、ハネッ返りの秀と貫録のある兄貴分を的確に描き、聴き手を見事に引き込んだ。ドンデン返しのオチは落語史上最高傑作のひとつだが、ニュアンスの表現が難しい一言でもある。その点でも米團治の口演は文句なし。父の創った名作をしっかりと自分のものにしている。
病を治すには新鮮な猪の肉を食べて体を温めるといいと言われた男が池田の猟師を訪ねて目の前で猪を撃ってくれと頼む『池田の猪買い』も米朝十八番。ちなみに談志はこれを東京に移して『猪買い』として演ったことがあり、僕も目撃している。
他にも東京で『猪買い』として演る例はあるが、『池田の猪買い』の面白さの根本は「大阪から池田に行く」という行為そのものにあり、その意味ではやはり「上方の演目」と言えるだろう。前半の甚兵衛宅での二人の会話がボケとツッコミの漫才風なのも上方らしい。米團治は猪を買いに行く男のトボケたキャラが際立ち、楽しく聴かせてくれた。
賑やかな『軽業』、人情噺『一文笛』、地域色豊かな『池田の猪買い』。色合いの異なる3席を鮮やかに演じる米團治の力量を堪能した。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2020年3月13日号