「最近はLGBTや各分類名を分かった風に使い、『カミングアウトしやすい社会にしよう』と無責任に言う人も多い。でもカミングアウトは必ずしも正義ではない、ということだけは書いておきたかった。本来はひとくくりにできない差異にこそ目を向けるべきなのに、分かりやすさを追い求めるあまり、個々の事情は無視されています。全てのカテゴリー化には暴力性が潜むという意識すらない。
もちろん当事者の中にも何らかの属性に分類されることで安心する人と、そうでない人がいて、言葉の持つそうした救済性と暴力性を認めつつ、人は人をそう簡単には理解できないということを、私たちは分からないといけない。
性的マイノリティが社会的、法的に不利益を被っている現実がある以上、彼女たちの経験を無暗に普遍化して『みんな大変だよね』となるのは危険ですし、ひいては先人の努力や歴史を無視することにも繋がる。たとえ個人であっても歴史の文脈に身を置いて考えることは大事だと私は思うし、自分が本当に正しいことをしているか葛藤しながらも、前に進むしかないんです」
〈間違いかどうかを知っているのは二つの物事だけ〉〈歴史、そして自分の心よ〉という曉虹の台詞があるが、自分では変えられない性や不条理を前に、彼女たちがどうもがいたかが本書では歴史を成し、読む側もまた自分を問われる濃厚な読書をした。
【プロフィール】り・ことみ/1989年台湾生まれ。国立台湾大学卒業後、2013年に来日。早稲田大学大学院日本語教育研究科修士課程修了後、日本で就職し、2017年、初の日本語小説「独舞」で第60回群像新人文学賞優秀作を受賞、翌年『独り舞』で単行本デビュー。同作はのちに自訳で台湾でも刊行。また昨年は「五つ数えれば三日月が」が芥川賞及び野間文芸新人賞候補となるなど、目下注目の新人。日中翻訳家としても活躍。163cm、O型。
構成■橋本紀子 撮影■黒石あみ
※週刊ポスト2020年4月17日号