冒頭のゆーこと山田遥は、〈テレビに出ている活動家のように強く楽しく一人前にならないと〉と思いつつそうなれずにいる。その一方で怡君は、ひまわり運動の最中に元男性のトランスジェンダー〈蔡曉虹(ツァイシャウホン)〉と知り合った日のことを、複雑な思いで思い返していた。〈あの運動で、色んなものが変わった〉〈政治の傾向、政権そのもの〉〈たくさんの人生〉と。
「社会的弱者がこんなに努力して成功したとか、徒に感動を煽る言説や風潮へのアンチテーゼもこめて本書を書きました。世間は芸能人でもない彼女たちにまで強く明るく生きる姿を期待しますが、なりたい自分になれなくてゆーのように悩んだり、自分はトランスジェンダーだと曉虹から突然告白された怡君が言葉につまった方が普通だと思うのです。そういうリアリティは大事にしました」
女にも男にも性的興味がない〈蘇雪〉や、2丁目に女性の居場所などなかった時代に、とある女性に救われた夏子など、そこには7人7様の物語があった。中でも両親の期待と心身の違和感の狭間で揺れ、〈性別移行〉に踏み切った蔡曉虹の葛藤を描く章「五つの災い」が胸に迫る。
自分たち跨性別(トランスジェンダー)は〈金・土・水・火・木〉の五行の災いを経験しなければならず、中でもつらいのが木の災いだと、大学時代に知り会った恋人は言った。〈戸籍と身分証を変えたって、本物の女になれるわけじゃない〉〈卵巣も子宮も月経もないし、女性ホルモンは死ぬまで服用し続けなければならない〉〈それって、肉体を持たない木像みたいだと思わない?〉
◆歴史の文脈に身を置き考える
その恋人が線路に身を投げ、面白おかしく報じられた時、曉虹は留学先の日本にいた。そして自らも死を考えていたところを夏子に救われる。今では女性としての自信もつき、仕事も順調な彼女が、夏子との再会を躊躇う場面が切ない。〈生理が辛いよねと共感を求められた時に、嘘を吐く〉〈少女時代の思い出について語り合う時に、嘘を吐く〉〈昔はなりたい自分になるために、カミングアウトしていた。今はありたい自分でいるために、嘘を吐いている〉〈これが木の災いだ。生を終えるまでずっと続く、終身の刑〉