「中学一年の時に親父が亡くなり、生活はボロボロ。高校時代は『役者になりに東京へ行く』と思いながら、アルバイトしていました。でも、東京に出ても養成所に入るための入学金が払えない。博多駅で万歳三唱で送られているから、帰ることもできない。それでまた、いろいろとアルバイトをしました。口八丁手八丁。どこへ行っても、上手くいきましたね」
その後、車のセールスマンに。トップセールスマンになるが、それを捨てて植木等に弟子入りすることになる。
「いつも行く店で週刊誌を読んでいたら、小さい三行広告に『植木等の付き人兼運転手募集』と書いてあった。『俺のために世の中は回っている』と思った。その場で決断しました。
みんな『バカじゃねえか。トップセールスマンと言われる奴が、今さら芸人のカバン持ちがいいだと?』と言ってきましたが、『俺はそのつもりで東京に来たんだ』と気にしませんでした。
植木等にも『トップセールスマンがなんでまた俺の所に』って言われましたよ。『どっちがいいかというと、植木等がいいと思いました』と返したら、『俺もそうなんだ』って。『坊主になるかミュージシャンになるかを考えた時、やっぱりミュージシャンがいいと思って飛び込んできた』と言っていましたよ。
ほかに何百人と希望者がいましたが、私はセールスマンをやっていたので、服装も言葉遣いもちゃんとしていました。医者とか弁護士を相手にしていましたから、着るものも全てあつらえていました。そんなんで通ったんだと、その時は思いました。
運転手が欲しかっただけだから、顔は関係なかったんです」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中
■撮影/片野田斉
※週刊ポスト2020年4月24日号