当日のプログラムには馬石自身の「寄席の高座で『双蝶々』が出来るというのは噺家冥利に尽きます」との言葉があり、演題は『双蝶々小雀長吉(序)』『双蝶々小雀長吉(中)』と記載されていた。「下」に当たる「雪の子別れ」は、この会では演じられていない。
馬石が演じた型は雲助と同じ。そしてその雲助は六代目圓生の『双蝶々』をそのまま踏襲している。権九郎は上方言葉で喋るが、馬石は兵庫県出身なので不自然さがない。
手拭を使った所作で定吉殺しを演じた後、浅草西河岸田圃の六郷屋敷塀外で待ち合わせた権九郎を長吉が殺害するのが、この噺のクライマックス。この場面を馬石は雲助と同じく座布団を片づけて膝立ちになり、芝居掛かりで演じた。
三味線に乗せた七五調の朗々たる台詞回しによる歌舞伎のようなやり取りから、ツケが入って立ち回りへ。五十両を奪おうとする権九郎に立ち向かい、匕首で切りつける長吉。下座の唄が入ると、馬石は舞踏のような動きで二人の攻防を表現する。その見事さは、客席で観ていても惚れ惚れとするものがあった。
権九郎にとどめを刺し、頬被りをして長吉が去ると、拍子木が入って幕。馬石特有の柔らかな空気感が、骨太な雲助版とは一味違う親しみやすい『双蝶々』を生んだ。次は「雪の子別れ」のDVDも観たい。「其の弍」はそれだろうか……?
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2020年5月8・15日号