西郷校長と“教育”について240分にわたる激論をかわした前川さん(撮影/浅野剛)
◆4月でも9月でもなく“学びたいときに入学”を
──今年度の始業開始が遅れたことで、9月入学を訴える声もありました。
前川:実は私がまだ文科省にいたとき、1980年代に臨時教育審議会で提言され、9月入学を検討したことがあります。私個人としては、もし、学校制度を白紙から制度設計するなら、長い夏休みの後に新学年が始まる9月入学の方が、4月入学より優れていると思います。
しかし、4月入学という制度がすでにあり、それを即、来年9月に移行するとなると、新入学の児童や生徒が一時的に膨れあがります。特に小学1年生は、5か月後ろ倒しにしようとすると、1学年に17か月も差のある子供が入り交じることになる。この時期の子供にとっての月齢の差は、成長度合いがあまりに違います。
教員や教室の確保の問題があります。検定料や授業料の収入が後ずれする私立学校への財政支援なども必要でしょう。手間もコストも膨大です。
もし、本気で移行するなら、1年に、半月や1か月ずつ学年を小刻みにずらしていって、5年、10年かけて移行していくしかないでしょう。
西郷:そもそも、なぜ一斉変更が必要なのでしょうか。この常識から疑ってみたい。例えばオランダの初等教育は4才から始まります。5才から12才までが義務教育ですが、4才の誕生日を迎えると、学校に通うことができます。一律に同じ日に始まりません。また4才になってすぐには通わないという選択もできます。つまり学び始める時期も、子供と家庭に委ねられています。
前川:私も、本当はもっと日本の学校制度が柔軟になればいいと考えています。企業も、新卒の一括採用をやめ、年齢制限もなくす。そして通年採用に踏み切ればいい。そうすれば、いろんな問題が一気に解決します。徐々に、そうした企業も増えていますよね。
西郷:大学はどうですか?
前川:これはもっと進んでいて、すでに「秋入学枠」を持つ大学は存在します。4月入学と同時に、この秋入学の枠を多くの大学が設け、枠自体も広げてあげれば、現在の高校3年生を救うことができます。
法律上、学生をいつ入学させるかは、大学に委ねられています。1年を春学期(4~9月)、秋学期(10月~3月)の2つに分けるセメスター制や、1年を4つの学期に区切るクオーター制も徐々にですが広がってきています。クオーター制なら年4回の入学にもできます。
西郷:私が思うに、子供に対して、一律に一定時間、学校に通わなければならないという、この考え方が間違っています。義務教育で、“決まった授業時数を確保しなければならない”というのは、文科省が決めているんですよね?
前川:ええ、標準授業時数というのを学校教育法施行規則で定めています。
西郷:これは、学校がその時数を守らなくちゃいけない、というだけであって、子供に出席義務はないですよね?
前川:おっしゃる通りです。これはあくまで、学校や教員に対する規範です。そもそも「義務教育」とは、“国が子供たちに教育を提供する義務”であり、“親が子供に教育を受けさせる義務”があるということ。“子供に教育を受ける義務がある”わけではありません。
西郷:つまり、中学生が学校に行かずに、ほかのところで過ごしていても、法的には問題がないわけですよね。桜丘中では、生きづらさを抱えた子供たちが、授業に出ずに、廊下で過ごしていますが、「授業に出なくてもいい」とする根拠は、ここにあるんです。
周囲のペースに無理に合わせようとして苦しむよりは、自分のペースでゆっくり学べばいい。“自分でゆとりを作り出す”と言ったらいいかな。
前川:小中学校の場合は特に、単位制じゃありませんし、たとえ不登校でも卒業は保障されています。「ひとりゆとり教育」、いいですね。
(後編に続く)
【プロフィール】
◆前川喜平/東京大学法学部卒業後、旧文部省入省。2016年文部科学事務次官となる。2017年1月、文科省の天下り斡旋問題で引責辞任。加計学園の獣医学部新設の問題では、「安倍総理のご意向があった」と証言。子供の貧困や虐待を扱った映画『子どもたちをよろしく』を元文科官僚の寺脇研さんとともに企画。現在は夜間中学での指導にも注力する。
◆西郷孝彦/上智大学理工学部を卒業後、都の教員に。2010年に世田谷区立桜丘中学校長に就任し、インクルーシブ教育の導入や校則や定期テスト等の廃止、個性を伸ばす教育を推進。2020年3月に退職。著書に『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』、新書『「過干渉」をやめたら子どもは伸びる』(ともに小学館)がある。
※女性セブン2020年7月23日号