ネット技術の多くは安全に情報をやりとりする自由のために開発されたものばかりだ
「ダークウェブでは匿名でなんでも買える、みたいなマスコミの報道が目立ちますが、今では薬物ですらまともに入手するのは厳しいです」
こう話すのは、危険ドラッグ取材を通じて10年ほど前に知り合った元売人・M(30代)。本人は薬物の使用、売買からすでに足を洗っているが、薬物情報には今も強い。M曰く、薬物をはじめとした違法物品の売買は、結局のところ対面や、人づて、顔見知り経由でないと安心はできないという。
「顔が見えないから、素性がバレないから安心、というのはバカな考え方です。相手は違法な薬物、銃などを売っているんですよ? そんな無法者が、匿名の関係性を使って何をしようと考えるか、冷静になれば誰でもわかります。金だけ受け取ってブツを送らない、偽物のブツを送るなどのインチキですよ。騙された被害者も、後ろめたいところがあるから絶対に警察にはタレこまない。現在のダークウェブはこんなのばかり。銃が簡単に買えるなんて……警察やマスコミはダークウェブを見たこともないんでしょう」(M氏)
実際に、ダークウェブ上で個人情報やクレジットカード情報が取引され、それが実被害につながったと見られる事例もある。ただし、その場合はダークウェブ上での取引というより、クレジットカード情報が簡単にスキミングなどで盗まれているリアルな犯罪を未然に防げなかったという面に注目すべきだ。ところが、なぜかそこについては言及されない。
もちろん、違法なアダルト製品、児童ポルノ製品、著作権を無視した映像、音楽などの海賊版製品のやりとりが、ダークウェブ上で頻繁に行われている実態はある。
「ダークウェブといっても、警察や諜報機関が本気になって調べたら足はつく。それは、システムの問題ではなく、匿名ユーザーが不注意から、なんらかの痕跡をダークウェブにアクセスする過程で残してしまうからです。ダークウェブを安易に使う人たちの中から、実際に薬物売買をしてあっさり捕まる人も出ています」(M氏)
そもそも「ダークウェブ」にアクセスできる技術は、決して犯罪目的に作られたものではない。アメリカ政府が主導し、国防などセキュリティ強化の目的で開発されたものである。匿名化することで秘密の情報を安全に発信・受信するための仕組みだ。日本国内では特殊詐欺など犯罪の連絡手段、海外ではテロ組織の通信手段として悪名高いメッセンジャーアプリ「テレグラム」も、そもそもは国家による検閲を逃れ言論の自由を守るためにメッセージを自動的にサーバからも完全に削除する仕組みが生まれた。どんな気高い目的のために作られた技術も、利用者によって悪事の小道具にされてしまう。
そもそも「インターネット」そのものも、元は学術振興目的であったことは広く知られている。だが、その都度、悪事の原因のように言われてきた。思い返せば、インターネット掲示板「2ちゃんねる」も、少年によるバスジャック事件で脚光を浴び、まるで犯罪の温床かのように報道されたが、その掲示板が出どころとなり小説やドラマが生まれ、今では「まとめサイト」なる一種のメディアが、良くも悪くも社会に影響を及ぼしている。
ツイッターやTikTokなどのSNSは、若いユーザーが多いからか、若気の至りとしか思えない写真や映像の投稿が相次いだことで「バカ発見器」と揶揄され、テレビメディアがニュースのタネにと飛びついた。しかし、こうしたSNSを経て得られる情報は無益なものばかりでは決してなく、SNSというプラットフォームを生かして巨万の富を得たり、新ビジネスを起こし仕事を見つけたり、芸能人になったり……という例は枚挙にいとまがない。
今日では、我々の生活にはなくてはならない「インフラ」も、かつてはダメなものとされ、見ることも恥ずべきとされてきた。今現在「ダークウェブ」と呼ばれている場所は、人間がそうした使い方をするから「ダーク(暗黒)」なのであって、価値観を変えるような使用法が見つかれば、数年後には全く別の呼称、印象に変わっているかもしれない。