加西市は姫路市に隣接し、県庁所在地の神戸市も通勤圏に位置している。そのほかにも、明石市へ通勤する市民も多い。そうした地理的な要因もあって、北条鉄道の潜在的需要は決して少なくない。
しかし、北条鉄道は全線が単線だったために運転本数は1時間に一本が限界だった。また、粟生駅からJRの加古川線や神戸電鉄線との接続が悪く、乗り継ぎには大幅な待ち時間を要することがネックになっていた。沿線住民が通勤で利用するのに、北条鉄道は不向きだった。
通勤利用として不向きで、加西市も少子高齢化と過疎化が待ったなしの状態にある。北条鉄道の沿線人口は減少傾向にあり、相対的に北条鉄道の利用者は減少する。
市民の大事な足を守るべく、加西市は2009年に加西市公共交通活性化協議会を立ち上げて需要の掘り起こしを図った。
同協議会は企画券の販売や子ザル駅長の起用、地元の学校と協力をした駅舎の改修、駅を集客拠点にするといった沿線活性化策を打ち出したほか、日本初となるバイオディーゼル燃料100パーセントの列車を運行するといった環境への取り組みも進めた。
そうした施策によって沿線は盛り上がりを見せたが、沿線人口の減少に歯止めをかけるまでには至らなかった。そうした中、北条鉄道に行き違い設備をつくる計画が浮上する。
「これまで姫路・明石・神戸に通勤する加西市民の多くは、JR山陽本線の宝殿駅まで自動車で行き、そこから電車に乗るというのが一般的でした。なぜなら、JR山陽本線は15分に一本程度で運行されています。通勤・通学で利用するには十分な運行間隔なのです。そうした利用実態を踏まえ、北条鉄道の列車増発が検討されたのです。朝夕だけでも30分間隔で運転できれば、市民が通勤で北条鉄道を利用するようになるだろうという予測が立てられたのです」(同)
列車の増発には、単線を複線化するのが一般的だ。しかし、一部の区間を複線化するだけでも費用は莫大になる。経営が苦しい北条鉄道は、多額な投資ができない。
少しでも費用を抑えるため、のぼりとくだりの列車を駅で交換する行き違い設備をつくることになった。行き違い設備は複線化ほどの費用はかからないが、それでも総工費は1億6200万円と試算された。
経営の苦しい北条鉄道には、その費用を捻出するのも難しい。そこで加西市は、国が制度化した企業版ふるさと納税で資金を調達することにした。
一般的な「ふるさと納税」は個人を対象にした寄付制度で、自治体へ寄付した金額から2000円を超える部分が所得税や住民税の控除対象になる。それに対して企業版ふるさと納税は、地方公共団体が認定を受けた地域再生計画を対象に企業が寄付をする制度で、寄付額の最大9割までが税額控除される仕組みだ。
その企業版ふるさと納税によって、加西市は約6200万円を集める。残りは、国からの助成金5000万円、兵庫県と加西市で各2500万円を賄った。
こうして、北条鉄道の法華口駅に行き違い設備をつくることになる。法華口駅に行き違い設備をつくることが決まった理由は、法華口駅が北条鉄道の中間地点にあり運行上において適していること、もともと法華口駅には引き込み線があったのでそのスペースを活用できることなどが考慮された結果だ。
「行き違い設備が完成したことで、北条鉄道の沿線では通勤・通学利用が増えると想定しています。初年度は9月1日からダイヤ改正されますので、年度末までに約4000人増。来年度は年間8000人増を見込んでいます。各駅にはパークアンドライド用の駐車場を整備していますが、行き違い設備のある法華口駅では、12?13台分の駐車場を用意して通勤需要の増加に対応することにしています」と話すのは北条鉄道の担当者だ。
法華口駅に新設された行き違い設備は、ICカードを使った最新式が導入された。最新式ではあるものの、従来のシステムよりも安価なために工費を圧縮することもできた。
そして、入れ違い設備が完成したことで、北条鉄道は運行本数を増やすことが可能になった。列車の増発が可能になり、利便性も向上する。
運転本数を増やすことで便利になる一方、新たな問題も起こる。運行本数が増えれば、保有する車両数も増やさなければならない。車両を増やすには、さらなる資金が必要になる。