転売はしない、ああいうのはよくない
しばらくして、さっきのイソ爺がしかめっ面で出てきた。どうやら観念して買ったのかビニール袋を持っている。中にはもちろん大量のイソジン。
「大変でしたね」
私は話を聞きたいのでイソ爺にねぎらいの言葉でおもねってみる。彼は憤懣やるかたないといった様子だが、誰かに話を聞いて欲しいのだろう、ベラベラと喋りだした。
「イソジンがコロナに効くってテレビで言ってたんで急いで来たんだよ、大きいとこ(大手ドラッグストア)はもう品切れだったけど、小さいとこならまだあるかなってまわってたんだ」
さっきまでの光景からかなりヤバい人かもしれないことを覚悟していたが、思っていたより普通の人で内心ホッとした。それにしてもイソ爺、喋り倒しながらも立ち止まろうとはしない。店の近くではバツが悪いのか次の買い占めのためかいそいそと横道を急ぐ。そんなにたくさんイソジン使うんですかと聞くと、自分だけではないという。
「息子夫婦とか娘の家族も使うからね、孫もいるからさ、みんなに配るんだ。こんな平日の真っ昼間、年金者しか動けないからな」
なるほど、年金暮らしの爺さんからすれば一家の役に立つというわけか。もしかしてマスク騒動のときもそうだったのか。
「マスクはいち早く確保したよ、トイレットペーパーとかアルコールとか、納戸に山積みになるまで買った。みんな凄いって言ってくれたよ」
なんだか嬉しそうなイソ爺、この発想はなかった。彼はイソジンがコロナに効くとか、イソジンが品薄になると心配とか以上に家族から褒められたいようだ。お爺ちゃん凄いね、頼りになるねと言われたのだろう。それがたまらなく嬉しくて、今回もイソジンを買い占める「イソ爺」となった。
「勘違いすんなよ、転売とかはしないから、ああいうのよくないよね」
彼はコロナコロナと不必要に他人を攻撃するコロナ爺さん、「コロ爺」でもなければ転売ヤーでもなかった。ただ自分のため、家族のため、承認欲求のためイソジンを買い占めるイソ爺になってしまったというわけか。でもイソジンでなくても他のうがい薬でもよかったのでは。
「やっぱイソジンだろ、一番有名だもの」