本当にその辺の爺さんだ。有名ブランドのポロ競技のロゴが横向きに走っているという意味不明のポロシャツを着ても平気な、本当に普通の多摩の田舎の爺さんだ。そんな人がテレビで偉い人に「コロナはイソジンで治る!」と言われたら買い占めに走るのも無理はないだろう。もちろん吉村大阪府知事はそんなことは言っていない。「コロナが治るとは言えないが、これまで呼びかけていたつばの飛び交う空間で感染が広がるのを少しでも抑えることが期待できる」である。しかしイソ爺の脳内では「コロナはイソジンで治る!」になっている。ここまでの大騒動になるとは思っていなかっただろうが、吉村知事も罪な人だ。
「外に出る理由にもなるからね、マスクが面倒だけど」
そう言うイソ爺だが、終始マスクから鼻だけ出している。せっかくの立派な高級マスクが縮んだアベノマスクのようである。
「だって息苦しいでしょ、熱中症で死んじゃうよ」
日本の熱中症による死亡者は1581人(厚生労働省、2018年)。コロナの死者1023人(2020年8月4日時点)より多い。単純な数の問題ではないが、高齢者にとってはコロナを気にして熱中症で死んでは笑い話にもならないだろう。
いつもいつも困ったものです
「まだイソジン売ってるとこあるかもよ、あんたも早く買っときな」
イソ爺はバッキバキにカウルの割れたスクーターのカゴにイソジンを積んで、後ろ姿で左手を上げ走り去った。さらに他の店舗を回るらしいが、本人の気分は子のため孫のためのヒーローなのだろう。他人からすれば、はっきり言って迷惑な話。こんなイソ爺を情報弱者と笑うかもしれないが、買い占め、転売、デマ、バッシング ──大方の日本人がそれほど変わらないのでこのコロナ禍、幾度となくこんな事態に陥っているのが現実である。
店に戻ると調剤は終わっていた、受け取りがてら薬剤師と話す。
「ワイドショーのせいですよ、いつもいつも困ったものです」
彼は吉村知事でなくテレビのワイドショーが伝えたことに腹を立てていた。後から知った話では違うが、彼も営業中でよくわかっていなかったのだろう。またコロナ以前から○○が効くだの○○が足りなくなるだの、いつも直接の被害に遭うのはドラッグストアだ。もう別の女性客がうがい薬はないのかと喧嘩腰、本当に心から同情する。
未知のウイルスにより生活を破壊された私たちは、この半年の間に多くのデマによって踊らされてきた。とくに高齢者は死亡率も段違いに高く、せっかくの余生を台無しにされている人も多い。ましてインターネットもよくわからない彼らの多くは、テレビのようなオールドメディアと政府発表くらいしか情報を得ることができない。ネットのデマも問題だが、旧来のオールドメディアの発信による被害もいまだ甚大だ。
65歳以上の高齢者は過去最高の3588万人(2019年)、彼らの一部、現在の70代後半から上はこの四半世紀におよぶIT文化を知らないままに生きてきた人もいる。それは私たちの世代よりは確実に多いだろう。トイレットペーパーもマスクも高齢者の買い占めが話題になった。そしていま、局地的な話だが私が目撃した限りも、やはり平日の日中に即対応できる高齢者によるものだった。それにしてもそうした失敗を繰り返してきたはずなのに、大阪府知事ともあろう立場の人があの会見はいかがなものか、883万人というスイス規模の人口にオーストリア規模の経済規模(大阪府資料より)を誇る大阪の知事がこれでは世界の笑いものである。