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2020.09.21 16:00  週刊ポスト

離党、交通事故、自殺も… 自民党総裁選敗北者たちのその後

総裁選で涙を飲んだ候補者は今どうしているのか(写真/共同通信社)

 第99代総理大臣に菅義偉氏が選ばれたが、次点だった岸田文雄元外務相は今後、独自色を出していけるかどうかが問われ、派閥以外からはわずか7票の得票に終わった石破茂元幹事長は正念場を迎えている。時流に逆らい敗北したため当然とも言えるが、過去のそうした“椅子取りゲームの敗者”にも、さまざまなドラマがあった。

●梶山静六(享年74)

 1998年、小渕派を離脱して総裁選に立候補すると、株価が一時100円近く急上昇。小渕恵三に敗れたものの、世論を味方につけて善戦した。しかし、2年後の1月に交通事故に遭い、4月に政界引退を表明。6月に死去。愛弟子の菅義偉は師の無念を晴らした。

●山崎拓

 1991年、最大派閥の竹下派(経世会)に対抗するため、加藤紘一、小泉純一郎と「YKK」を組み、ニューリーダーとして頭角を現わした。1999年の総裁選前、青木幹雄に「潮目を見ることが大事だ」と見送りを打診されるも出馬。最下位の3位に終わる。

●亀井静香

 2001年と2003年の総裁選に出馬も、小泉純一郎の前に散った。「(首相の)政策が間違っているなら『変えなさい』と強く言うのは当然だ」と小泉の郵政民営化に反対。自民党を離党して国民新党を旗揚げし、民主党と組んで自民党を下野に追いこんだ。

●谷垣禎一

 民主党政権誕生後の2009年、“全員野球”を掲げて24代総裁に。野党時代を支えたが、2012年の総裁選では石原伸晃幹事長の出馬を受け、「執行部から2人出るのは良くない」と辞退。河野洋平以来2人目の「総理になれなかった総裁」に。

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