芸能

ポン・ジュノ監督『ほえる犬は噛まない』何がすごいか【ミニシアター押しかけトーク隊第4回】

日本記者クラブで会見するポン・ジュノ監督(dpa/時事通信フォト)

 コロナ禍で苦戦する全国の映画館を応援しようと、4人の映画人がオンライン・トークショーを行っている。『ミニシアター押しかけトーク隊「勝手にしゃべりやがれ」』と題したイベントでは、賛同した劇場で上映された作品について、荒井晴彦(脚本家、映画監督)、森達也(映画監督、作家)、白石和彌(映画監督)、井上淳一(脚本家、映画監督)の4氏がオンラインで縦横無尽に語る。その模様は、上映直後の映画館の観客が観覧できるほか、YouTubeでも公開されているが、ここではそれを活字化してお届けします。今回のテーマは、『ほえる犬は噛まない』ほか、ポン・ジュノ監督の作品群(白石和彌氏は今回欠席)。その後編をお届けします。

どうやってこれをシナリオ段階で思いつくんだろう

井上:この映画、お客さんもご存じかと思いますけど、原題は『フランダースの犬』ですからね。で、ちゃんと日本のアニメの『フランダースの犬』のテーマソングをカラオケで歌うし、ラストの音楽も『フランダースの犬』じゃないですか。

森:そうなの? カラオケのシーンってあったっけ。

井上:映画の始めのほうで、大学院生たちが集まってカラオケで歌うのが「フランダースの犬」でしょ。だからタイトル自体も「フランダースの犬」と同じように犬が可哀そうということを象徴させているんですよ。

森:……ポン・ジュノは策に溺れすぎるよね。

井上:こういうところは策士で、ほんとうにうまいと思うんですよね。最後のほうで大学院の青年の奥さんが教授に賄賂のお金を入れたケーキの箱にケーキを入れようとしたら、上のイチゴだけがひっかかってそれを一個だけ取るとか、よくこんなことを思いつくなあと思って。

荒井:俺はトイレットペーパーのところは感心したなあ。奥さんと賭けをしてコンビニまで100メートルあるかどうか喧嘩して、旦那が100メートルのトイレットペーパーを転がすところはいいねえ。

森:あそこは僕も唸った。ああいう細かいところはすごいですよね。

井上:しかも、あのトイレットペーパーの結末は見せないんですよ。見せないで結果がわかる。あの表現の仕方っていうのはすごいですよ、ヤバいんじゃないかっていうぐらい。

森:うん。そういうディテールは、確かにポン・ジュノはすごいと思います。でもそのディテールが、時おりディテールを超えてしまって、そうなると鼻につくときがある。この編集、このカット割りすごいなというのはあるんですけど、同時に、ぼくは原題が『フランダースの犬』っていうのは知らなかったけど、知っている人はすぐわかっちゃうわけでしょ。そのへんすごくベタで、それこそ『グエムル―漢江の怪物―』で最後に出てくる怪物退治のための武器というか薬剤が明らかな枯葉剤のパロディで、その意図はもちろんわかるけれど、でも同時になんでこんなにベタベタにしちゃうのって思ったりしちゃうんですよ。何だろうな。自分の表現についての含羞が足りないのかな。含羞とか言葉にしてしまうと、それはそれでちょっと違うのかな、という気がまたしてくるけれど。

井上:俺がちりばめているアレを気づいてくれよみたいなことですね。しかも結構気づきやすいことをやっているという。

森:間接話法やメタファーとして底が浅いからこそ、トイレットペーパーやイチゴのケーキはほんとうに見てて感心しますね。

井上:どうやってこれをシナリオ段階で思いつくんだろうと思って。ちなみに今、『グエムル』の枯葉剤の話が出ましたけど、『ほえる犬は噛まない』も青年が犬を散歩中に見失うというのは、消毒の煙で見えなくなってしまうせいなんですよね。で、『パラサイト 半地下の家族』でもあそこの半地下に暮らしていて、町全体を消毒する薬が散布されるシーンで、ソン・ガンホが「窓を開けたままにしておけ。部屋を消毒してもらおう」と言う。で、『グエムル』でもあの怪物が出現する河川敷に消毒薬を散布するじゃないですか。

荒井:コロナの時も韓国では消毒薬をまいてたよね。日本ではなんで消毒薬をまかないの? 手を洗えとかそんなことばっかり言ってて、なんで消毒薬、使わないのかね。

井上:なんでなんですかね。そういう風習があったのか。荒井さんの子供の頃ってああいうのはあったんですか。

荒井:シラミ駆除のDDTなんていうのは、俺やられた記憶ない。赤ん坊かまだ2、3歳か、その頃じゃない。

井上:もしかしたら日本人は戦後、占領軍にDDTの白い粉をまかれたっていう恥辱の記憶があるからまかないんじゃないですか。

米アカデミー賞後の凱旋記者会見(Avalon/時事通信フォト)

 ところで森さんは『殺人の追憶』を見ていないんですよね。最近、見直したんですけど、すごい傑作で、「キネマ旬報」の2000年代の洋画ベストワンに選ばれたんですけど、ほんとうに犯人が捕まっていない実話の殺人事件を描いた映画なんです。で、犯人を捕まえずに映画を終わらせているんです。それがまたこういうオチしかないないというふうに見事に描くんですよ。だからぼくなんかは演出もだけど、シナリオの技として、よくこの題材を、韓国人ならだれでも知っている連続殺人事件、しかも戒厳令下で、一九八六年の話だから、翌年にあの一九八七年の民主化運動が起こるわけで、その前年じゃないですか。そういうところはあざといぐらいにうまいんですよ。

森:もちろんポン・ジュノはそういうところはすごいですよ。それは彼だけじゃなくて韓国の映画を見ているとやっぱりホンの完成度が高いなと思いますね。ふとわが身を振り返って日本の映画と比べてみてもね。完成度がずいぶん違うなというのは実感しますね。

井上:荒井さん、韓国映画のホンに対しては言いたいことがありますよね。

荒井:森さんはどのへんの韓国映画のことを言っているのかわかんないけども。

森:たとえば、今、ネットフリックスで『愛の不時着』を見ているんですけど、やっぱり見事ですよ。まだシーズン2回ぐらいしか見てないですけど、単純に北朝鮮の兵士と木に引っかかった南の財閥の令嬢が出会って、でも、そこから二転、三転するからね。『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2018)だって、政治的な触りづらいことにしっかりと手を突っ込む力だけではなく、まったくノンポリな主人公をソン・ガンホに演じさせることで、政治権力とインテリ学生の対立構造にもう一つ物語の軸を設定する。やっぱりストリーテリングの力が秀でていると感じます。でも荒井さんはそうでもないんですか。

荒井:脚本に関しては、エンターテインメントにするためにけっこうラフな作り方をするなと思うな。

明らかに権力から売られた喧嘩を買っている

森:たとえば、例はありますか。

井上:前に荒井さんは、『タクシー運転手』で主人公のソン・ガンホが一回、光州から出る。それはエンタメとして盛り上げるために、後半、戻ってカーチェイスをやるために人間を動かしているようにしか思えなかったと言っていましたね。ほんとうにあのキャラで、光州であれだけの経験をして、それでもドイツ人を置いて光州の外へ出るだろうか。テーマは見事だと思いつつ、やはり韓国映画のそういうことは僕も気になりますね。ドラマを盛り上げるために、敢えておざなりにしているとしか思えないところがたくさんある。娯楽のために人間を動かしている。

荒井:『タクシー運転手』で言えば、検問、わざと見逃したとしか思えないし、事実に基づいた話ということになってるけど、カーチェイス、本当にあったのかと思ってしまうし、面白くするなら、俺は記者を女にするな。最近見た『君の誕生日』は、後説にするんだよ、ぜんぶ。修学旅行で船で死んだ子供と親の話なんだけど、お父さんがベトナムから帰ってくると家に入れてもらえないというファーストシーンから始まって。息子が死んで、その時にお父さんいなくて大変だったみたいなことでお母さんに拒絶されてんだけど、お父さんは会社のことで刑務所に入っていたみたいで、それならしょうがないだろうと思うんだけど、そういうのを全部、後、後に持ってくるのよ。サスペンス映画じゃないのに。

井上:荒井さんはドラマの作り方としては、父親が刑務所に入っていましたという前提をちゃんと描いた上で、その後のすれ違いをやるべきだと言うわけですね。それがドラマだと。

森:ぼくはその映画は未見ですけど、修学旅行で船で死んだというのは2014年のセウォル号の沈没事故の話を描いているわけでしょ。韓国映画は、光州事件を描いた『タクシー運転手』も、民主化闘争を描いた『1987、ある闘争の真実』(18)も非常にテーマとして硬派なものを選ぶじゃないですか。だってセウォル号みたいな事件が日本であったとしても、それにインスパイアされて亡くなった子供と母親のドラマを、それも事故から数年後に、日本ではなかなかつくれないと思うんです。その辺りのつくる業の深さが韓国のほうが深いのかなって思いますね。

荒井:それは日本ではなかなかできない政治的な映画もそうだし、セウォル号もそうだし、たしかそのセウォル号のドキュメンタリーをやろうとして釜山映画祭がやばくなったんでしょ。

井上:セウォル号の沈没事故をめぐって政府の対応の問題点を告発したドキュメンタリー『ダイビング・ベル(原題)』をやろうとして釜山市長が上映中止を要請してね。ちなみに映画祭の独立を支持する韓国の映画人が総決起したんです。そこからして日本とは違うわけですよ。たとえば東京国際映画祭で「桜を見る会」の映画を上映しようとして、政府と東京都が後援しませんとなったときに映画人がそんなことをやるかと。単純な話、『宮本から君へ』(2019)の助成金の問題(註・映画に出演したピエール瀧が麻薬取締法違反で有罪判決を受けたために文化庁が助成金1000万円の交付が取り消された)で、映画人みんな立ち上がるかみたいなことだと思いますよ。

森:東京国際映画祭でいうと、去年、ぼくの『I 新聞記者ドキュメント』(2019)は賞をもらいました。コンペにエントリーすると河村光庸プロデューサーから聞いたとき、よりによって東京国際映画祭でこんな政治的で反権力的な映画が賞をとれるはずがないじゃないかと思ったけれど、結果的に受賞できてびっくりしました。初日のレッドカーペットを歩くときも、安倍晋三が来るという噂があったから望月衣塑子を隣で歩かせようとかみんなで真剣に話していて、結局、来なかったんだけど(笑)。でもそうした企みにも映画祭は加担してくれて。具体的には矢田部吉彦映画祭ディレクターの力は大きいのかな。ああ、ずいぶんイメージと違うなと思いました。東京国際映画祭ってそれまで全然縁がなかったから。

 さっきの釜山映画祭の話ですけど、この上映に反対した釜山市長はパク・クネ大統領の側近で、この映画を上映するならば助成金をカットすると言い出した。そこで韓国の映画人が怒って総決起して、さらにカンヌ、ベルリンと世界の映画祭も連動して抗議の声をあげた。でもその前に、周辺だけではなく当局から標的にされた釜山映画祭も、政治的に偏向する作品があって当たり前だと宣言して、最終的には焦点になった『ダイビング・ベル』を、上映中止どころか映画祭オープニング作品にした。明らかに権力から売られた喧嘩を買っている。日本では無理だろうな。

井上:『愛の不時着』は見事に北と南にしたけど、ぼくは韓国のラブ・ロマンス、男と女の話は北と南のメタファーだということをずっと言い続けていて、だから韓国映画では安易に結ばれないという作品が受け入れられる。『殺人の追憶』でも犯人を見つけられなくてもいい。線一本で自分のところの民族が分断されているのに、そんな簡単に人と人って分かり合えないよということを意外と作り手たちは自覚的にやっているという気がするんですよ。とくにポン・ジュノたちの世代って。

荒井:それは未解決事件を扱うから?

井上:それだけじゃないけど、少なくとも未解決事件を未解決事件のまま描く。世の中には解決しないことがあるぜ、と。

荒井:デヴィット・フィンチャーも『ゾディアック』で未解決事件をやっていますけど。

森:でも井上さんが、作り手たちがその辺をわかっていてと言うのは、まさに社会だよね。社会全体がそういう意識もあるだろうし、たしかに北と南で遠い親戚にもいまだに一度も会えない現実っていうところで暮らしているということは何か違う意識、違うタテ軸みたいなものが自分のなかに入ってきてもおかしくないんだろうなと思います。

左から荒井晴彦氏、森達也氏、井上淳一氏

井上:だからもう一度『ほえる犬は噛まない』に戻ると、やはり犬を殺した主人公が断罪されないっていうことになんかあるんじゃないかと思うんでしょ。イ・チャンドンの『シークレット・サンシャイン』(2007)でもそんなラストで、と言いつつも忘れちゃったけど(笑)。

荒井:ラストは水たまりに陽が差すんだよ。へええ、と思ったけど。

井上:あ、そうか、自宅の庭でチョン・ドヨンが髪の毛を切っていて、髪の毛が飛ぶんだ。荒井さんて、なんちゅう記憶力がいいんですか!

荒井:え、これで終わるの、それが芸術?と思ったからおぼえている。

今の韓国映画を見ると昔の日本映画に似ている

井上:ディテールの人なんだ。ところで、森さんにちょっと質問なんですけど、今度、ドキュメンタリーを離れて、劇映画を撮ろうとしているじゃないですか。その場合、ドキュメンタリーを撮っている時から、ああ、こうやって撮るんだとか、こういう演出なんだって思って映画をご覧になっているんでしょうか。どういう見方をしていますか。

森:自ら選択してドキュメンタリーを撮っていたわけじゃないんです。気がついたらドキュメンタリーの現場にいたという感じで。その前は、自主映画時代も含めてずっと劇映画が前提でした。作ったこともなければほとんど観てもいない。別のジャンルだと思っていました。でも実際にやってみると、撮影後の作業、つまりポスト・プロダクションにおいてはドキュメンタリーとドラマはそれほど違わないし、もちろん台本があるかないかは大きな違いだけど、ドキュメンタリーの場合は現実という台本があって、題材や被写体によっては、その台本が自分のイメージをまったく凌駕するような展開になるから、これはドラマよりも面白いぞ、と思っていた時期もありました。でもやっぱりドキュメンタリーを撮りながらも劇映画はずっと頭の中にありましたから。だから映画を見るときも、ああ、このカットの後、こうしたかとかカメラアングルはこうしたのねとか、これな何の伏線なんだろうとか、その意味では普通に観ていますね。ドキュメンタリーの作り手だからって、観方は変わらないです。

 今回、見た『ほえる犬は噛まない』のDVDにはポン・ジュノが描いた絵コンテが付録でついていて、それをみて、ああ、ポン・ジュノは絵がうまいんだなと思いました。

井上:だってポン・ジュノはマンガ家になりたかったんですよね。

森:エドワード・ヤンも見事な絵コンテを残しています。ぼくは絵が致命的に下手なので、劇映画の監督は無理だなって。

井上:そんなことないですよ。荒井さんは、絵コンテなんて描いたことないですよ(笑)。

荒井:俺、写生とかは、小中でいつも賞もらってた。祖父の血かとか言われたけど、写生じゃない絵は下手なの。

森:だからいろいろ考えながら、もうすぐ撮るわけなんで、意識して見ていますね。

井上:荒井さんはどうなんですか。韓国映画の脚本は粗いとか無理くりとか思いながらも、やっぱり韓国映画の力、テーマの選び方はどっかですごいなと思っているんですか。あるいは俺を直しで入れてくれればよかったのにとか思っているんですか。

荒井:やっぱり韓国はずっと軍事独裁で来て、民主化をやって自分たちで民主主義を勝ち取ってきているから、そういう連中が政府に入ったり、映画の側に回ったりだから、日本とは違うんじゃないのかな。だからお客さんもわりあいそういう映画を見るしね。ただ、大統領じゃなくなるとみんな刑務所に入るっていうのは、どうなんだろう。昨日、ソウル市長が自殺したけどさ、なんか激しい国だなと思うよね。バッシングというか役者さんも、日本でこの間、ネットでディスられて自殺したけど、韓国もああいうのは多いじゃない。

井上:森さんは、今の韓国社会をどう思っているんですか。

森:東アジアって近似するというか共有するものがすごくあって、ひとつは集団力の強さ、言い換えると個が弱いんです。でもみんなで一緒になってなにかやろうとする力が非常に強い。これは見方を変えれば同調圧力であり、戦争や虐殺が普遍的に持つ構造だと思うので、ぼくはあまりポジティブにはとらえられない。でも日本の高度経済成長は、集団の結束する力が成長する企業として前面に出てきて成功したわけですよね。大勢が一糸乱れず演技するマスゲームって今は北朝鮮のお家芸みたいになっているけど、あれ一番得意だったのは、戦中の日本ですからね。要するにチームプレー。みんなで一緒に動く。個人プレーは許さない。日本を含めて東アジアは、この傾向がとても強い。

 それは韓国も同じなんだけど、でも日本にくらべれば個が強いのかな、我が強いというのか、情念が濃いというか。泣くときは激しく泣くし、怒るときは激しく怒るというところが、ちょっと日本とは違うという気がしますけどね。いったん火が付いたらワッと燃え上がるみたいな、日本もそういうところはあるんだけど、韓国は日本以上に過剰かもしれない。でもたぶん、ヨーロッパとか個が強い国から見たら、同じように見えますよ。もちろん集団化は人類の本能だから、戦争や虐殺は欧米にもあるし、魔女狩りとか異端審問とか、集団の過ちは同じように犯しています。その意味では同じ。だからこそ大切なことは、意識的に個を屹立させるだけではなく、自分たちの過ちを含めての歴史認識を持つことです。僕たちがもくろんでいる映画が、その有効な補助線になれればいいけれど。

井上:なるほど。ではそろそろこの辺で会場からの質問を受けたいと思います。

──この『ほえる犬は噛まない』という映画はすごく面白かったんですが、こういう映画って日本にはなかったように思うんですが、どうでしょうか。

井上:少なくとも今の日本映画にはないですけど、40年ぐらい前にはあったんじゃないですか。やくざ映画でも時代劇でも勧善懲悪じゃなくて、ある権力構造をやろうとしてたじゃないですか。どうですか、荒井さん?

荒井:うーん、そうね、松竹ヌーヴェルヴァーグの大島渚以降、1960年代、1970年代は人によってはそういう感じの面白い映画をやっていたよ。だから今の韓国映画を見ると昔の日本映画に似ているよね。

「影響を受けた監督は北野武と阪本順治」

井上:森さんは映画青年だった時代も含めてどうですか。

森:リアルタイムでは見ていないんですけど、学生時代は名画座に行って田中登特集とか若松(孝二)さんの特集を見たりして、ピンク映画でも予算を引っ張ってきて自分たちのやりたいものをつくっていた。ぼくが大学を卒業したあたりでディレカンが発足して、ディレカンの初期の作品なんかはいいですよね。今、ふっと思ったけど、山下敦弘の初期の作品って、極めてポン・ジュノと肌触りが近いですよ。ぜんぜんストーリーの持って行き方とかは違うんだけど、力の抜け方みたいなところが似ていますよ。今はたしかにないですけど、昔はいっぱいありました。

井上:ぼくもまったく同じ意見ですけど、ちなみに荒井さん、森さんが山下敦弘の名前を出したらあれっという顔をしたけど。

荒井:ええ、山下はむしろホン・サンスに近いんじゃないかと思って。

森:それもあるかな。山下の『ばかのハコ船』(2003)って大好きなんですよ。

井上:あれはすごい。

荒井:でも、あれは、まさにホン・サンス的じゃない?

森:うーん。二人にそう言われると、そうかもという気がしてきた。カウリスマキとかジャームッシュとかによく譬えられるけれど、確かにホン・サンスかも。

井上:ちなみにポン・ジュノは知りませんけど、2000年代に出てきた韓国の映画監督たちがフィルメックスでアフタートークをやると、「影響を受けた監督は北野武と阪本順治」ってずっと言っていたんですよね。それも一人や二人ではなくて、かなりの監督がそうでした。これはとても興味深いと思いましたね。

(了)

◇構成/高崎俊夫

 ◆劇場情報 このトークライブが行われたのは「高田世界館」です(於・2020年7月11日)。新潟県上越市本町6-4-21(http://takadasekaikan.com/)

【プロフィール】
●荒井晴彦/1947年、東京都出身。季刊誌『映画芸術』編集・発行人。若松プロの助監督を経て、1977年『新宿乱れ街 いくまで待って』で脚本家デビュー。以降、『赫い髪の女』(1979・神代辰巳監督)、『キャバレー日記』(1982・根岸吉太郎監督)など日活ロマンポルノの名作の脚本を一筆。以降、日本を代表する脚本家として活躍。『Wの悲劇』(1984・澤井信一郎監督)、『リボルバー』(1988・藤田敏八監督)、『ヴァイブレータ』(2003・廣木隆一監督)、『大鹿村騒動記』(2011・阪本順治監督)、『共喰い』(2013・青山真治監督)の5作品でキネマ旬報脚本賞受賞。他の脚本担当作品として『嗚呼!おんなたち猥歌』(1981・神代辰巳監督)、『遠雷』(1981・根岸吉太郎監督)、『探偵物語』(1983・根岸吉太郎監督)など多数。また監督・脚本作品として『身も心も』(1997)、『この国の空』(2015)、『火口のふたり』(2019・キネマ旬報ベストテン・日本映画第1位)がある。

●森達也/1956年、広島県出身。立教大学在学中に映画サークルに所属し、テレビ番組制作会社を経てフリーに。地下鉄サリン事件と他のオウム信者たちを描いた『A』(1998)は、ベルリン国際映画祭など多数の海外映画祭でも上映され世界的に大きな話題となった。続く『A2』(2001)で山形国際ドキュメンタリー映画祭特別賞・市民賞を受賞。は東日本大震災後の被災地で撮影された『311』(2011)を綿井健陽、松林要樹、安岡卓治と共同監督。2016年にはゴーストライター騒動をテーマとする映画『Fake』を発表した。最新作は『新聞記者』(2019・キネマ旬報ベストテン・文化映画第1位)。

●白石和彌/1974年、北海道出身。中村幻児監督主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督に師事し、『明日なき街角』(1997)、『完全なる飼育 赤い殺意』(2004)、『17歳の風景 少年は何を見たのか』(2005)などの若松作品で助監督を務める。2010年『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編デビュー。2013年、ノンフィクションベストセラーを原作とした映画『凶悪』が、第38回報知映画賞監督賞、第37回日本アカデミー賞優秀監督賞・脚本賞などを受賞。その他の主な監督作品に、『日本で一番悪い奴ら』(2016)、『牝猫たち』(2017)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)、『サニー/32』(2018)、『孤狼の血』(2018)、『止められるか、俺たちを』(2018)、『麻雀放浪記2020』(2019)、『凪待ち』(2019)など。

●井上淳一/1965年、愛知県出身。大学入学と同時に若松孝二監督に師事し、若松プロ作品に助監督として参加。1990年、『パンツの穴・ムケそでムケないイチゴたち』で監督デビュー。その後、荒井晴彦氏に師事。脚本家として『くノ一忍法帖・柳生外伝』(1998・小沢仁志監督)『アジアの純真』(2011・片嶋一貴監督)『あいときぼうのまち』(2014・菅乃廣監督)などの脚本を執筆。『戦争と一人の女』(2013)で監督再デビュー。慶州国際映画祭、トリノ国際映画祭ほか、数々の海外映画祭に招待される。ドキュメンタリー『大地を受け継ぐ』(2016)を監督後、白石和彌監督の『止められるか、俺たちを』で脚本を執筆。昨年、監督作『誰がために憲法はある』を発表。

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