井上:荒井さん、ちなみにあの時代を知らない人が書いていると言うけど、自分の1968~1969年の話って一度も書いてないじゃないですか。自分で一回やろうとは思わないんですか。

荒井:その後は『身も心も』でやったけど。テアトル新宿で完成披露を見た高橋伴明に原作があるのか、アライの話じゃないかと言われた。高橋伴明が『光の雨』(2001年)の時にホンを書いてくれって来た時に、「書けない、まだ自分のなかで総括できてない」って断ったんだけど、総括リンチみたいな粛清というのが、リーダーの個人的問題なのか、「革命」というものに必然的にくっついているものなのか、答えが出せなかった。昔は平岡正明の「あらゆる犯罪は革命的である」をそうだと思っていたけど、いまは「あらゆる革命は犯罪的である」と思っている。

 当時だって東宝の青春映画でよせばいいのにそういう学生運動の上っつらを描いた映画がチラホラあったけど、『その人は女教師』(1970年・出目昌伸監督)、『「されどわれらが日々」より別れの詩』(1971年・森谷司郎監督)、『初めての旅』(同・同)、『二十歳の原点』(1973年・大森健次郎監督)、『戦争を知らない子供たち』(同・松本正志監督)とか、なんか違うぜって思ったし、やっぱりあの頃をフィクションでやるとどうしても違っちゃうんだ。

井上:でもそれって、戦中派が軍隊ものをやろうが、銃後の話をやろうが、どうやっても違って見えちゃうって言うのと同じじゃありませんか。

ゲバ棒を水に漬けて固くする

荒井:それは微妙だよ。その時代を知らない人たちが見ている分にはいいかもしれないけど、どうなんだろうな。『ノルウェイの森』(2010年・トラン・アン・ユン監督)もあの時代の話だよね。あれは学内デモのシーンはちゃんとしているなと思ったら、早稲田の反戦連合で、「プロジェクト猪」で「全共闘白書」を作った高橋公が指導したらしいけどね。高橋伴明の『光の雨』の現場に行ったけど、助監督が寄ってきて、「ゲバ棒の角材はどれぐらい汚したらいいですか」って聞くから、「何言ってんの、これはみんな盗んでくるんだからきれいなんだよ」って言ったんだけど。汚しかけるって、おいおいと思ってさ、「木刀と違うんだよ、汚れる前に折れちゃうんだよ。角材はすぐに折れるから水に漬けて折れないようにする。これって一発で折れるんだよ」って言ったんだけど。だからむずかしいよね。学生運動の経験者が監督していてもスタッフがそうだから。

森:ゲバ棒を水に漬けて固くするって初めて聞きました。

白石:要はしなるようにしているっていうことですよね。

荒井:そうそうポーンと折れないように、水を含んでいると簡単に折れないから。明日出撃だっていうと、前の晩に早稲田の文学部の奥の方に池があって、そこに角材を漬けるんだよ。

森:そういうリアリティは大事だよね。

白石:でも荒井さん、それを言っていたら戦争体験者はいなくなるし、もう時代劇は撮っちゃいけないのかっていう話になっていくし。この間『仁義なき戦い』の話をしましたけど、やくざだってほぼほぼ高齢化しているんで、かつてのようなやくざの話はできないわけですよね。どっかで切り替えてそういうもののなかでもやっていくしかないですよね。

荒井:それは調査できる範囲で取材してみたいなことをやらないと嘘になる。『われに撃つ用意あり』(1990年)ってあるじゃない。

井上:それは僕が最後の若松さんの助監督で付いた作品ですから、よく知っていますよ。

荒井:最初は若松さんに、俺がホンを書けって言われて、丸内敏治が学生運動の経験者だったから、丸内に振ったんだけど、最後、桃井かおりが腹に新聞紙を入れるじゃない。あれ、丸内だよね。「これって鉄砲の弾が通っちゃうかしら」って言う。機動隊とぶつかる時には新聞紙をヘルメットの中に入れてクッションをつくってね。ヘルメットのひもは締めない。締めるとうしろから引っ張られて首が締まっちゃう。だから警棒で叩かれると、ヘルメットが飛ぶんだ、ポンポンて。

森:そういえば、僕にとって初めての映画『A』の最初の試写のとき、オウムを擁護するとんでもない映画、みたいな噂はもう流れていたから。プロデューサーの安岡(卓司)から、シャツの腹の部分に雑誌を入れろって指示された。彼はぎりぎり運動の世代だったから知っていたのかな。

荒井:それってやくざがさらしを巻くのと同じなんだよね。週刊誌をベルトとの間に挟んでたりしてさ。

井上:機動隊がお腹を狙うんですか。

荒井:女の子のオッパイを警棒で突くし、何でもやるよ。サンドイッチデモと言って、機動隊にはさまれて大学とかに連れて行かれるんだけど、お前ら、親の金で大学行って、フリーセックスかとか言いながら、殴ったり、靴を踏んで脱がして踏みつけるとか、だから女の子は中に入れるんだけど。

白石:だったらなおさらあの時代を経験している荒井さんは日和らないで書いた方がいいじゃないですか。

荒井:そんなもの誰が見るんだよ。

井上:だから男と女の話の背景が1968~1969年でいいじゃないですか。お金のことがあるなら、エリック・ロメールの『グレースと侯爵』(2001年)の書割でいいから。だってぼくの『戦争と一人の女』(2013年)の時に「お前、書割にしろ」って言いましたよね。書割にしてその代わり荒井さんしか書き得ないディテールを書き込んでいけばいいんじゃないですか。そういう映画を見たい。

荒井:ベストワン監督が書割でできると思ってる?

白石:あはははは。

井上:荒井さん、昔と違ってベストワンは価値がなくなったから大丈夫ですよ。

荒井:そういうことを言うか。

井上:ベストワンどころかベストテンに入ったこともないヤツが(笑)。

(続く)

◇構成/高崎俊夫

 ◆劇場情報 このトークライブが行われたのは「あまや座」です(於・2020年7月28日)。茨城県那珂市瓜連1243スーパーあまや駐車場内(http://amaya-za.com/)

【プロフィール】
●荒井晴彦/1947年、東京都出身。季刊誌『映画芸術』編集・発行人。若松プロの助監督を経て、1977年『新宿乱れ街 いくまで待って』で脚本家デビュー。以降、『赫い髪の女』(1979・神代辰巳監督)、『キャバレー日記』(1982・根岸吉太郎監督)など日活ロマンポルノの名作の脚本を一筆。以降、日本を代表する脚本家として活躍。『Wの悲劇』(1984・澤井信一郎監督)、『リボルバー』(1988・藤田敏八監督)、『ヴァイブレータ』(2003・廣木隆一監督)、『大鹿村騒動記』(2011・阪本順治監督)、『共喰い』(2013・青山真治監督)の5作品でキネマ旬報脚本賞受賞。他の脚本担当作品として『嗚呼!おんなたち猥歌』(1981・神代辰巳監督)、『遠雷』(1981・根岸吉太郎監督)、『探偵物語』(1983・根岸吉太郎監督)など多数。また監督・脚本作品として『身も心も』(1997)、『この国の空』(2015)、『火口のふたり』(2019・キネマ旬報ベストテン・日本映画第1位)がある。

●森達也/1956年、広島県出身。立教大学在学中に映画サークルに所属し、テレビ番組制作会社を経てフリーに。地下鉄サリン事件と他のオウム信者たちを描いた『A』(1998)は、ベルリン国際映画祭など多数の海外映画祭でも上映され世界的に大きな話題となった。続く『A2』(2001)で山形国際ドキュメンタリー映画祭特別賞・市民賞を受賞。は東日本大震災後の被災地で撮影された『311』(2011)を綿井健陽、松林要樹、安岡卓治と共同監督。2016年にはゴーストライター騒動をテーマとする映画『Fake』を発表した。最新作は『新聞記者』(2019・キネマ旬報ベストテン・文化映画第1位)。

●白石和彌/1974年、北海道出身。中村幻児監督主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督に師事し、『明日なき街角』(1997)、『完全なる飼育 赤い殺意』(2004)、『17歳の風景 少年は何を見たのか』(2005)などの若松作品で助監督を務める。2010年『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編デビュー。2013年、ノンフィクションベストセラーを原作とした映画『凶悪』が、第38回報知映画賞監督賞、第37回日本アカデミー賞優秀監督賞・脚本賞などを受賞。その他の主な監督作品に、『日本で一番悪い奴ら』(2016)、『牝猫たち』(2017)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)、『サニー/32』(2018)、『孤狼の血』(2018)、『止められるか、俺たちを』(2018)、『麻雀放浪記2020』(2019)、『凪待ち』(2019)など。

●井上淳一/1965年、愛知県出身。大学入学と同時に若松孝二監督に師事し、若松プロ作品に助監督として参加。1990年、『パンツの穴・ムケそでムケないイチゴたち』で監督デビュー。その後、荒井晴彦氏に師事。脚本家として『くノ一忍法帖・柳生外伝』(1998・小沢仁志監督)『アジアの純真』(2011・片嶋一貴監督)『あいときぼうのまち』(2014・菅乃廣監督)などの脚本を執筆。『戦争と一人の女』(2013)で監督再デビュー。慶州国際映画祭、トリノ国際映画祭ほか、数々の海外映画祭に招待される。ドキュメンタリー『大地を受け継ぐ』(2016)を監督後、白石和彌監督の『止められるか、俺たちを』で脚本を執筆。昨年、監督作『誰がために憲法はある』を発表。

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