母の心に届いた“ユマニチュード”という介護哲学

 数日後の認知症の受診は、私が同行することにした。コロナ感染を避けてずっと私が代理受診していたので、母にとっては約半年ぶりの受診だ。

 大きな大学病院のため、入口のチェックから物々しい。名前を聞かれ、風邪症状の申告を迫られ、最後にレーザー銃のような体温計を額に向けられる。母をちらりと見ると、マスクの上の目は不安そうに泳いでいた。

 診察室に入ると、前回、私がひとりで来たときより感染防備が厳重になっていた。

 母の担当医T先生も、もともとの大きなめがねに加え、マスクとフェイスシールドの重装備。さらに患者との間にはビニールカーテンが立ちはだかり、もう誰だかわからないほど。それでも、カーテン越しの母に顔を近づけてきた。

 2019年秋から受診しているT先生は、高齢者や認知症へのケア技法として知られる「ユマニチュード」の実践者。以前の医師はパソコンを打ちながら問診する感じだったが、T先生は母の正面からグーッと近づき、目線を合わせて話してくれる。

 これはユマニチュードの特徴的な技法で、最初は少し驚いてのけ反った母だが、イケメンということもあってか、いまではうれしそうに問答を楽しんでいる。

 とはいえ、半年ぶりの受診だ。はたして母の反応は……。

「Mさん(母)、ずいぶんお久しぶりですね。ぼくのこと、覚えていますか?」とT先生。

 すると、母の方もグイグイッと顔を寄せて、「ええ、もちろん! ハンサムボーイ!」と軽快に返した。

 ビニールカーテンを挟んで前のめりの2人の姿も相当愉快だが、母が脳の奥深くから繰り出した、昭和時代最上級のほめ言葉に、一同ドッと笑った。

※女性セブン2021年1月21日号

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