なぜ“正体不明”であることが価値を生むのか。背景の1つとしてあるのは、SNSなどによりアイドルやタレントたちが身近になり、さまざまな情報がつまびらかにされるようになったことだ。知りたいと思えばその人の行動やライフスタイルが、リアルタイムにキャッチできる。ミステリアスな部分がなくなり、想像するより先にネットで検索すれば興味や関心はすぐに満たされてしまう。しかし、顔や素性がわからなければ、ファンはその声などから自分なりに想像を膨らませ、それが楽しみにつながっていく。
匿名であることは、視聴者に先入観を与えない。容姿や外見、言動や個性、バックグラウンドなどに楽曲が左右されることなく、MVなどで作り出すアイコンによって曲のイメージをダイレクトに伝えられる。聞いた人は楽曲だけで好き嫌いや良し悪しを判断する。作品が共感を生み、「いいね」となれば拡散されブレイクし、音楽性やアーティスト性が評価される。顔やスタイルより声や世界感にファンが集まるのだから、実にシンプルだ。
アーティストにとってもプライバシーが保たれ、誰に忖度することなく自由に活動できる。このメリットは大きいだろう。見られていると意識すれば「ホーソン効果」が起きやすくなるからだ。注目されている、見られていると思うと、人は行動を変化させやすいと言われる。顔を出してしまえば街中で声を掛けられ、見つけてほしいという気持ちが生まれるかもしれない。曲がヒットすれば、自分が望まなくても周りの環境が変わっていき、期待されることで自分自身もその方向に言動を変えてしまうかもしれないのだ。
その意味では、このホーソン効果こそがアーティストにとっては“うっせぇ”ことなのだろう。