特別定額給付金の再支給を求める署名[Change.orgのサイトより](一部、画像処理してあります。時事通信フォト)

特別定額給付金の再支給を求める署名[Change.orgのサイトより](一部、画像処理してあります。時事通信フォト)

あの10万円は助かりました

 誰もが夢を叶えて食えるわけもないし、誰もが夢を持つ必要なんて本来ない。日本の学校教育の悪しき慣習こそ夢の強制である。生き方を教えず夢を強制する。世間知らずの教師の自己陶酔が子供たちを夢の奴隷にする。お花畑の無責任な夢の肯定でごまかす。とくに中高年の教師はイデオロギーにまみれた連中もいてやっかいだ。「みんな夢を持ちましょう」「それでは夢を発表してください」―― 生き方の伴わない夢を強制することは、それこそ将来的な夢の成就の妨げである。

「シフトも(緊急事態宣言後は)さらに減りそうですし、サラリーマンに戻るのも、そろそろかなと思ってました」

 長引きそうなコロナ禍である。夢はひとまず置いて、正社員で再就職という「一時避難」は賢明だ。フリーターでも40歳過ぎの中高年男性は厳しいが、20代大卒男子ならなんとかなる可能性は高い。実際、20代を対象にした求人熱はこのコロナ禍でも高いまま、これにより40代から上の中高年は蚊帳の外だ。新卒という新車が一番欲しいが、ワンオーナーくらいの中古車もまた手ごろでいい。しかし40代、50代でも経験や実績というプレミアのついた旧車ならともかく、未経験で価値のない旧車はいらないというのが経営者のリアルだ。例えばの話だが、こういうことを平気で口にする銀行幹部は普通にいる。こういう現実も学校は教えてくれない。

「いますぐは無理ですけど、言われたとおり再就職、考えます」

 雇用の格差はこれからさらに広がる。非正規の大半は休業手当も貰えず補助金も降ってこない。厚労省は今年一月中旬の緊急事態宣言再発令でとくに悪質な大手25社に休業手当を支払うように文書で要請したが、全社が拒否した。多くはトリキさんのバイト先である居酒屋を始めとした飲食チェーンだった。

「俺も払われてません。でも店も苦しいから、それは仕方ないなと思ってます。コロナとか出てないんですけどね、社員さんもかわいそうです」

 会社も大概だが前述の通り、外食産業は苦しい経営どころか存亡の危機だ。多くの店はクラスターなんか出していない。出しているかもしれないが、決めつけられないし決めつけられる側からしたらたまったものではない。窮してなのか悪辣なのか、被雇用者に対して支払われることが前提の休業支援金・給付金を一円も渡さず丸パクリしている店もあるという。それでも非正規の大半はシフトの確保のほうが大事、文句は言わないのだろう。そもそも、国が昨年のように全員に10万円を渡せば済む話なのに。

「あの10万円は助かりました。今回も貰えれば、家でおとなしくしてました」

 そう、国はそんなまどろっこしいことをしていないで国民一人あたり10万円、特別定額給付金をまた配ればよかったのだ。トリキさんの言うように非正規はゴールデンウィークを食い凌ぐことができるし、それこそ外出自粛の一助となる。金持ちはどうする、借金を増やすのかという問題は今に始まった話でなく、いつまでも改善する気のない日本の税制の不平等によるものであり、この件とはまた別個の話である。生活保護にまで追い詰められるような層は補正予算含め福祉問題として対策されているが、トリキさんのような一般の低所得労働者は後回しになっている。彼らにこそ10万円が必要だ。

 その後、どんな仕事がいいだろうかと話しているうち、トリキさんのスマホがようやく鳴った。リクエストだ。「よかったあ!」と素直に喜ぶトリキさん。いろいろ言われているフードデリバリーサービス、筆者もこれまで問題点を幾度となく指摘してきたが、こうした人にとって幾ばくかの救いになっていることは確かだ。

 日本国民は本当に優秀で、このコロナ禍もよく堪えている。マスクごときで暴れるようなごく一部の跳ね返り者はいるが、アメリカ(死者50万人)やブラジル(死者30万人)のとんでもない国に比べれば優等生だ。トリキさんだって何の補償もない状況では働かざるを得ないだけで、好き好んで外に出ているわけではない。そんな従順な国民につけ込んで政府は、お前らが感染を拡大させている、お前らが外に出るから、会食するから、酒を呑むから悪いと責任を押しつける。そのくせ日本中で聖火ランナーを走らせ、オリンピックで9万人のそのアメリカやブラジルを始めとした選手関係者を日本に入国させようとしている。ましてや貴重な看護師や看護学生を500人もオリンピックによこせと強要する様は令和のひめゆり部隊である。いったい国はなにをしたいのか。バカな大将、敵より怖い。

 もっともこの3回目の非常事態宣言、街の様子を見る限り、これまでほどは日本国民も協力する気はないようだ。すべてこの1年間、結果的に国はなにをしてきたのかという不信感と、本当に打つ気があるのかというワクチン接種のずさんぶりによるものだ。そして日本国民の命よりオリンピックと利権を優先する異常な連中の増長が、またぞろ日本を敗戦に導こうとしている。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、新俳句人連盟賞選外佳作、日本詩歌句随筆評論協会賞評論部門奨励賞受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)、『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太に愛されたコミュニスト俳人 』(コールサック社)6月刊行予定。

関連キーワード

関連記事

トピックス

ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン
渡邊渚さん(撮影/藤本和典)
「私にとっての2025年の漢字は『出』です」 渡邊渚さんが綴る「新しい年にチャレンジしたこと」
NEWSポストセブン
ラオスを訪問された愛子さま(写真/共同通信社)
《「水光肌メイク」に絶賛の声》愛子さま「内側から発光しているようなツヤ感」の美肌の秘密 美容関係者は「清潔感・品格・フレッシュさの三拍子がそろった理想の皇族メイク」と分析
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
国宝級イケメンとして女性ファンが多い八木(本人のInstagramより)
「国宝級イケメン」FANTASTICS・八木勇征(28)が“韓国系カリスマギャル”と破局していた 原因となった“価値感の違い”
NEWSポストセブン
実力もファンサービスも超一流
【密着グラフ】新大関・安青錦、冬巡業ではファンサービスも超一流「今は自分がやるべきことをしっかり集中してやりたい」史上最速横綱の偉業に向けて勝負の1年
週刊ポスト
今回公開された資料には若い女性と見られる人物がクリントン氏の肩に手を回している写真などが含まれていた
「君は年を取りすぎている」「マッサージの仕事名目で…」当時16歳の性的虐待の被害者女性が訴え “エプスタインファイル”公開で見える人身売買事件のリアル
NEWSポストセブン
タレントでプロレスラーの上原わかな
「この体型ってプロレス的にはプラスなのかな?」ウエスト58センチ、太もも59センチの上原わかながムチムチボディを肯定できるようになった理由【2023年リングデビュー】
NEWSポストセブン
12月30日『レコード大賞』が放送される(インスタグラムより)
《度重なる限界説》レコード大賞、「大みそか→30日」への放送日移動から20年間踏み留まっている本質的な理由 
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン