ライフ

鎌田實氏「忘却力」は生きるうえでプラス 新しい人生への第一歩

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

 記憶力がよいこと、忘れないことは賞賛されることが少なくないが、一方で「忘れること」も人が生きていく上で重要なことである。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、「忘却力」がもたらす効用ついてつづる。

 * * *
『君の名は』は、1952年からNHKラジオで放送されたドラマである。その後、岸恵子と佐田啓二で映画化されたり、何度もテレビドラマになっている。ぼくは子どもだったので、よく覚えていない。でも、ラジオドラマの冒頭のナレーションは気が利いている。

「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」

 そう、人は、記憶と忘却をコントロールすることができない。忘れてしまいたいことはいつまでも覚えているし、覚えておかなければならない記憶もいつしか薄れていく。

 記憶をコントロールできる人がいるとすれば、都合が悪いときに「記憶にございません」を乱発する政治家や官僚くらいなものだろう。

忘れるからこそ何度も味わえる新鮮な感動

 ぼくは、忘却力には自信がある。本屋で立ち読みして、なかなかおもしろい本だなと思って買い求めたら、自宅の本棚に同じ本があったなんてことがある。本棚の前で一瞬がっかりするが、それもすぐに忘れてしまう。同じ本を何度も新鮮な気持ちで読めるのだから、まあいいか、とも思っている。田村隆一の詩集なんか、何度感動したことか。

 この記憶力の悪さは今に始まったことではない。学生時代の試験では、暗記もので苦労した。その点、数学は公式さえわかっていればいいから、わりと得意だった。

 医師になってからも、新しい薬の名前を覚えるのにとても苦労した。メモ帳を持ち歩き、一日に何度も見直して覚えるように努力していた。

 そもそも人間は忘れるようにできている。心理学者のヘルマン・エビングハウスが忘却曲線というのを発表している。無意味な音節を記憶し、時間の経過によってどれだけ忘れるかを示したものだ。それによると、20分後には42%忘れる。1時間後には56%忘れ、1日経つと74%忘れるという。こんなに忘れるなら、ぼくの忘却力なんて大したことはない。

 ただし、これは意味のない音節の記憶だから、忘れるのも早い。意味があったり、エピソードがはっきりしている場合は、記憶はもっと長時間保持されると思う。

 かつて、カタカナの羅列である薬の名前を覚えるとき、メモに書いて、1時間後、2時間後に見直し、寝る前にも見直した。それを数日繰り返すと、ようやく記憶が定着した。あの苦労は忘却曲線との闘いだったのだなと思うと、なんだか感慨深い。

関連記事

トピックス

11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(右/読者提供)
【足立区11人死傷】「ドーンという音で3メートル吹き飛んだ」“ブレーキ痕なき事故”の生々しい目撃談、28歳被害女性は「とても、とても親切な人だった」と同居人語る
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《中国とASEAN諸国との関係に楔を打つ第一歩》愛子さま、初の海外公務「ラオス訪問」に秘められていた外交戦略
週刊ポスト
グラビア界の「きれいなお姉さん」として確固たる地位を固めた斉藤里奈
「グラビアに抵抗あり」でも初挑戦で「現場の熱量に驚愕」 元ミスマガ・斉藤里奈が努力でつかんだ「声のお仕事」
NEWSポストセブン
「アスレジャー」の服装でディズニーワールドを訪れた女性が物議に(時事通信フォト、TikTokより)
《米・ディズニーではトラブルに》公共の場で“タイトなレギンス”を普段使いする女性に賛否…“なぜ局部の形が丸見えな服を着るのか” 米セレブを中心にトレンド化する「アスレジャー」とは
NEWSポストセブン
日本体育大学は2026年正月2日・3日に78年連続78回目の箱根駅伝を走る(写真は2025年正月の復路ゴール。撮影/黒石あみ<小学館>)
箱根駅伝「78年連続」本戦出場を決めた日体大の“黄金期”を支えた名ランナー「大塚正美伝説」〈1〉「ちくしょう」と思った8区の区間記録は15年間破られなかった
週刊ポスト
「高市答弁」に関する大新聞の報じ方に疑問の声が噴出(時事通信フォト)
《消された「認定なら武力行使も」の文字》朝日新聞が高市首相答弁報道を“しれっと修正”疑惑 日中問題の火種になっても訂正記事を出さない姿勢に疑問噴出
週刊ポスト
地元コーヒーイベントで伊東市前市長・田久保真紀氏は何をしていたのか(時事通信フォト)
《シークレットゲストとして登場》伊東市前市長・田久保真紀氏、市長選出馬表明直後に地元コーヒーイベントで「田久保まきオリジナルブレンド」を“手売り”の思惑
週刊ポスト
ラオスへの公式訪問を終えた愛子さま(2025年11月、ラオス。撮影/横田紋子)
《愛子さまがラオスを訪問》熱心なご準備の成果が発揮された、国家主席への“とっさの回答” 自然体で飾らぬ姿は現地の人々の感動を呼んだ 
女性セブン
26日午後、香港の高層集合住宅で火災が発生した(時事通信フォト)
《日本のタワマンは大丈夫か?》香港・高層マンション大規模火災で80人超が死亡、住民からあがっていた「タバコの不始末」懸念する声【日本での発生リスクを専門家が解説】
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「金の無心をする時にのみ連絡」「断ると腕にしがみついて…」山上徹也被告の妹が証言した“母へのリアルな感情”と“家庭への絶望”【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン
被害者の女性と”関係のもつれ”があったのか...
《赤坂ライブハウス殺人未遂》「長男としてのプレッシャーもあったのかも」陸上自衛官・大津陽一郎容疑者の “恵まれた生育環境”、不倫が信じられない「家族仲のよさ」
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
NEWSポストセブン