ライフ

アンソロジー『ひきこもり図書館』編者・頭木弘樹さんを救った12の物語

aa

「ひきこもることで、人はさまざまなことに気づく」と語る頭木弘樹さん

【編者インタビュー】頭木弘樹さん/『ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語』/毎日新聞出版/1760円

【本の内容】
 本書の冒頭に「ひきこもり図書館 館長」こと編者の頭木さんの《ご挨拶》がある。それはこんな文章で始まる。《この図書館の目的は、ひきこもりを肯定することでも、否定することでもありません。ただ、ひきこもることで、人はさまざまなことに気づきます。心にも身体にもさまざまな変化が起きます。/そのことを文学は見逃さずに描いています。その成果をひとつに集めたいと思いました》。選ばれた12の物語は実にさまざま。最後の「あとがきと作品解説」も、頭木さんが各々の作品を「どう読んだか」がわかり、理解が深まる。

『絶望名人カフカの人生論』や『絶望読書』などで知られる頭木弘樹さんの新刊は、「ひきこもり」をテーマにしたアンソロジー。萩原朔太郎の散文詩や宇野浩二の私小説、SFやホラーの古典に韓国を代表する現代作家ハン・ガンの短篇、萩尾望都の漫画などよりすぐりの12編を集めた。新型コロナウイルス感染拡大で外出もままならないいま、非常にタイムリーな企画だ。

「実はこの本、コロナとは関係なくずっとやりたいと思っていたんです。ぼく自身、長い間、家にひきこもっていたもので。そういうときに読むアンソロジーを作ろうと思ってたら、思いがけずこんな状況になってしまいました」

 頭木さんのひきこもりは病気によるものだ。大学生だった20歳のときに難病に指定されている潰瘍性大腸炎と診断され、入退院をくりかえす。闘病生活は13年続き、就職もかなわなかった。その後、手術で症状は軽減されたが、薬のために免疫力が低下するので、外出時にはマスクをつけ、手づかみでパンを食べるようなときには手指のアルコール消毒が欠かせなかったという。

「花粉症の人もまだそれほど多くなかったから、気持ちの悪い、変な人という目で見られていました。街を歩いていてヤクザ風の人にぶつかっても向こうが謝ってくるぐらい。それがいまは、マスクをしてないといけない、ということになって。何が正しいか、何が普通かってこんなに簡単にひっくり返るものかとびっくりしています」

 長い闘病生活の間に命綱になったのが、本だった。特に、フランツ・カフカの代表作『変身』。ある朝、目覚めると巨大な虫になっていた男を描く不条理文学だ。

「突然、部屋から出られなくなる主人公が、『自分とまったくおんなじだ!』と戦慄しました。不条理文学どころか、ノンフィクションかと思うぐらいリアルでした。人生のレールからとっくに脱線してるのに気づかず、些末なことを気にしてたりするのもまったく同じ」

 カフカにハマり、全集をくりかえし読むうちに、「ここの訳と原文は違うのでは?」という箇所がわかるようになる。独学でドイツ語を学び直し、編訳書『「逮捕+終り」—「訴訟」より』の出版にこぎつけるが、せっかくの本も、版元が倒産、在庫差し押さえの憂き目を見る。

「20代から30代前半の、普通の人が社会に出ていろんなことを学ぶ時期にずっと闘病していたので、ぼくは本当に世慣れてなくて。出した本を持って出版社を回ればいいのに、そんなことも思いつかなかった。本を読んだ誰かから電話がかかってくるんじゃないかと、ひたすらじっと待っていました」

 奇跡は起こる。本が出てから10年以上たったある日、図書館で頭木さんの本を読んだ編集者から、カフカの本を作りたいと電話がかかってきた。編集者の意向はポジティブな生き方の本だったが、頭木さんは、ネガティブをきわめるカフカ像を恐る恐る提案する。東日本大震災の後、「絆」や「希望」という言葉が躍るなか、それでも企画は通り、『絶望名人カフカの人生論』は、ベストセラーになった。

関連記事

トピックス

全国でクマによる被害が相次いでいる(AFLO/時事通信フォト)
「“穴持たず”を見つけたら、ためらわずに撃て」猟師の間で言われている「冬眠しない熊」との対峙方法《戦前の日本で発生した恐怖のヒグマ事件》
NEWSポストセブン
韓国のガールズグループ「AFTERSCHOOL」の元メンバーで女優のNANA(Instagramより)
《ほっそりボディに浮き出た「腹筋」に再注目》韓国アイドル・NANA、自宅に侵入した強盗犯の男を“返り討ち”に…男が病院に搬送  
NEWSポストセブン
ラオスに到着された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月17日、撮影/横田紋子)
《初の外国公式訪問》愛子さま、母・雅子さまの“定番”デザインでラオスに到着 ペールブルーのセットアップに白の縁取りでメリハリのある上品な装い
NEWSポストセブン
ドジャース入団時、真美子さんのために“結んだ特別な契約”
《スイートルームで愛娘と…》なぜ真美子さんは夫人会メンバーと一緒に観戦しないの? 大谷翔平がドジャース入団時に結んでいた“特別な契約”
NEWSポストセブン
山上徹也被告の公判に妹が出廷
「お兄ちゃんが守ってやる」山上徹也被告が“信頼する妹”に送っていたメールの内容…兄妹間で共有していた“家庭への怒り”【妹は今日出廷】
NEWSポストセブン
靖国神社の春と秋の例大祭、8月15日の終戦の日にはほぼ欠かさず参拝してきた高市早苗・首相(時事通信フォト)
高市早苗・首相「靖国神社電撃参拝プラン」が浮上、“Xデー”は安倍元首相が12年前の在任中に参拝した12月26日か 外交的にも政治日程上も制約が少なくなるタイミング
週刊ポスト
相撲協会の公式カレンダー
《大相撲「番付崩壊時代のカレンダー」はつらいよ》2025年は1月に引退の照ノ富士が4月まで連続登場の“困った事態”に 来年は大の里・豊昇龍の2横綱体制で安泰か 表紙や売り場の置き位置にも変化が
NEWSポストセブン
三重県を訪問された天皇皇后両陛下(2025年11月8日、撮影/JMPA)
《季節感あふれるアレンジ術》雅子さまの“秋の装い”、トレンドと歴史が組み合わさったブラウンコーデがすごい理由「スカーフ1枚で見違えるスタイル」【専門家が解説】
NEWSポストセブン
俳優の仲代達矢さん
【追悼】仲代達矢さんが明かしていた“最大のライバル”の存在 「人の10倍努力」して演劇に人生を捧げた名優の肉声
週刊ポスト
10月16日午前、40代の女性歌手が何者かに襲われた。”黒づくめ”の格好をした犯人は現在も逃走を続けている
《ポスターに謎の“バツ印”》「『キャー』と悲鳴が…」「現場にドバッと血のあと」ライブハウス開店待ちの女性シンガーを “黒づくめの男”が襲撃 状況証拠が示唆する犯行の計画性
NEWSポストセブン
全国でクマによる被害が相次いでいる(右の写真はサンプルです)
「熊に喰い尽くされ、骨がむき出しに」「大声をあげても襲ってくる」ベテラン猟師をも襲うクマの“驚くべき高知能”《昭和・平成“人食い熊”事件から学ぶクマ対策》
NEWSポストセブン
オールスターゲーム前のレッドカーペットに大谷翔平とともに登場。夫・翔平の横で際立つ特注ドレス(2025年7月15日)。写真=AP/アフロ
大谷真美子さん、米国生活2年目で洗練されたファッションセンス 眉毛サロン通いも? 高級ブランドの特注ドレスからファストファッションのジャケットまで着こなし【スタイリストが分析】
週刊ポスト