欲しかったのになかった本を自分でつくる
その後の頭木さんは、「文学紹介者」の肩書で、ネガティブな心に寄り添う、ユニークなアンソロジーをいくつも世に送り出している。
「よく、本を出す人って、自分が書きたい本を出す人と、こういうのが売れるから出す人がいるって言われますけど、ぼくはどちらにもあてはまらなくて、欲しかったのになかった本を自分で作っている感じです。『絶望読書』もそうで、絶望したときに倒れたまま読む本ってほんとになかったんです。みんな立ち直るための本ばかりで。今回のひきこもりも、いい悪いじゃない本にしたいと思いました」
自分自身がひきこもり生活を送っていたからこそ、ひきこもりを描いた文学作品がたくさんあることに気づいたと頭木さんは言う。
「収録作の『フランケンシュタインの方程式』を“ひきこもりもの”と思う人はまずいないでしょうけど、ぼくにとっては宇宙船に閉じ込められているあの状況はひきこもりだと感じました。今回、SFが多くなったのは自分でも意外でしたけど、極限状況を描くSFとひきこもりは、きっと相性がいいんですね」
アンソロジーは、「本を読むのが苦手な人に向けて作る」と頭木さん。
「自分がもともと本を読まず、途中でやめる人間だったので、読みやめる人の気持ちがすごくわかるんです。
ほかの人の本を読んでも、これは読書好きの人が作った本だな、とか気がつきます。そういう本は、いまでもぼくにはちょっと読みにくいんです」
だから頭木さんのアンソロジーには必ず漫画が入っている。今回は、萩尾望都「スロー・ダウン」。
「萩尾望都さんは、こういうテーマのあるアンソロジーへの収録は難しいんじゃないかと編集者から言われましたが、快諾していただいて、本当にうれしかったです」
本を編むときは、著者や、著作権継承者に、周囲からは作品への「ラブレター」だと言われる手紙を書いて収録許可を求めている。
ハン・ガン「私の女の実」はこの本のために初めて訳された。訳者の斎藤真理子さんと親しいからこそ可能になったことで、アンソロジーのテーマを伝え、いくつか梗概を送ってもらって収録作を決めた。
頭木さんが気に入っているのが岡山県新見市に伝わる「桃太郎」。よく知られたものと違い、こちらの桃太郎は鬼退治に行かないばかりか、ほとんど家から出ない。
「『桃太郎』って大嫌いな話だったんですけど、鬼退治に行かないバージョンも結構、伝わっているんですよ。昔話は物語や心の原型みたいなもので、出世をめざす話だけじゃなく、外に行かないやつの話もまた伝わっていると知って、なんだか救われましたね」
【プロフィール】
頭木弘樹(かしらぎ・ひろき)/1964年生まれ。文学紹介者。筑波大学卒業。大学3年のときに難病にかかり、13年間の闘病生活を送る。編訳書に『絶望名人カフカの人生論』『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ 文豪の名言対決』など。著書に『絶望読書』『カフカはなぜ自殺しなかったのか?』『食べることと出すこと』『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』など。アンソロジーに『絶望図書館—立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語』『トラウマ文学館—ひどすぎるけど無視できない12の物語』。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2021年6月10日号