コロナ給付金の対象外とされたことが話題にもなった。2020年9月、記者会見する性風俗事業者の代理人弁護士(時事通信フォト)
被害者の実名報道に関して、今回も報道機関によって判断は分かれたようだ。しかし加害少年に関しては一貫して伏せた。店員の男性に関しても。法律上の問題とはいえこうして事件が起きて、加害者はあべこべに守られ、被害者は死んだ後も加虐される。
「お金ありませんが、しばらく(デリは)休むつもりです」
ショックは大きい。お金が必要な理由も書いてくれたが、それも身バレの危険、かつ主題でないため割愛する。でも決して浪費などではない。彼女が男たちの欲望のはけ口となるのは生活のため、守るもののためだ。自分の身は守れないかもしれないが、守りたいものがある。
「でも仕事はやめません。殺されても仕方ないです」
夫もいないのに「人妻系」で働くSAYAさん、もう若い子に勝てないこともわかっているという。
「だから、殺されても名前は勘弁してくださいね」
冗談まじりの絵文字入りだが釘を刺されてしまった。報道側、書く側という点でひとくくりにされるのは仕方がない。
曙町にある事件現場のホテルは筆者の住む場所から車で10分ほど。事件以来連日足を運んでいる。曙陸橋を少し入ったところ、正直言って駅南の柴崎側同様、治安のいい場所ではない。それでも日曜祝日ともなると主に多摩川方面から曙陸橋をくぐって昭和記念公園やららぽーと、イケアに向かう家族連れやカップルなどで渋滞する。コロナ禍で幾分解消されたが、そんな幸せな渋滞の直ぐ側に孤独と不幸が吹き溜まっている。それを社会の光と影だなんだと簡単に言うが、個々の人間にとって、彼女たちにとって簡単ではない、生きるための影だ。被害者も生きるために働いた。そして殺され、実名でデリ嬢と日本中に晒された。
ホテル入り口の電信柱のたもとには、お菓子やジュース、そして小さな花が添えられていた。こうして彼女に心を寄せる名もなき人たちもいる。彼女も懸命に生きた女性の一人だ。なんてひどいことを。
「インターネットで人を殺す動画を見て、殺人に興味を持った」
容疑者の男は、取り調べでそんな話をしていると報じられた。彼女たちの人生はネタではないが、この男はネタで殺したということか。
「世の中おかしい。日本に生まれて損をした」
京アニ事件の青葉容疑者も同じような御託を並べていた。それとこれとは関係ないだろうに。そんな輩に「一人で勝手に○○してくれ」という感覚を御高説で咎める御仁もいらっしゃるようだが、これはいたって正常な感覚である。やられる側に立てば当たり前の話。
真相はこれからあきらかになるのだろうが、少年は守られ、被害者の女性はデリ嬢として日本中に名前を晒され、いま彼女の人生はネタとして消費されている。同業のSAYAさんはそれが悲しく、そして怖いのだ。なぜなら、少年は警察にこう言ってのけた。
「風俗業の人間はいなくていいと思った」
これはSAYAさんを苦しめるネットの書き込みそのままである。多くのこんな書き込みの中に、将来の実行犯がいるかもしれない。そして、いつものごとくこんな男に被害者そっちのけで寄り添う一部”人権屋”どもが喜々として群がるだろう。連中の実態はイデオロギーを目的とした人権の目的外利用である。その不毛と不条理こそが被害者を生み、SAYAさんのような女性を追い詰めているとも気づかずに。もっとも、本音のところは知ったことではないのだろうが――。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。6月刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の評論家』(コールサック社)。