2019年2月におこなわれた、東京スポーツスクエアでの東京五輪・パラリンピックボランティアのオリエンテーション(時事通信フォト)
ドライな島木さん、聞けば大学も断続的な休校期間が長く、まともなキャンパスライフを送れないまま2年生を迎えてしまったという。AO入試で入ったものの単位取得は苦戦しているとのことで、もう大学なんかより社会勉強に切り替えているそうだ。
「ついてくのがやっとですね。相談する相手も少ないし、サークルも活動できてません。だからせめて社会勉強って感じで、せっかく東京にいるんだからいろいろやってみようと、そんな感じです」
多感な時期にコロナ禍、若者は自分なりに考えての行動で試行錯誤している。こういった経験が将来につながるといいが。ウーバーは辞めるのか。
「いいえ、ウーバーも続けますよ。オリンピックのバイトは全部(全日程)入れるわけじゃないみたいなんで。それにオリンピックが始まったら選手がウーバー頼むと思うんです。有名なサッカー選手とかだったらどうしよう」
サッカーが好きで高校時代までプレーしていたという島木さん。こうした若さゆえに走り気味なのは仕方がない。確かにオリンピック選手も関係者も事実上、ビレッジプラザと呼ばれる選手村に半隔離状態にされる予定なわけで、せっかくの日本で観光も食べ歩きもできないとなれば、せめてウーバーでも頼むかとなるかもしれないが、様々な文化の選手がやってくる。選手村にフードデリバリーが出入りできるようになるかは不透明だが組織委員会が事細かに中身を確認することは難しい。酒をどうするかで揉めているが薬物の可能性だってある。そもそも感染リスクはどうするのか。
「そういうのって僕たちにはどうすることもできないじゃないですか、自分が楽しめればそれでいいですよ」
結局島木さん、ひととおり話を終えると「もう帰るんで」とウーバーに戻ることなく自転車を漕いで帰ってしまった。ある意味ギグワークの基本、やりたい時にやって、やりたくなければ終える。余裕のある学生だからこそかもしれないが、社会経験という点では彼の言う通り、こうして色々やってみるのもありなのだろう。独りでアパートにいるよりは気分も晴れる。
それにしてもオリンピックの派遣バイト、矛盾だらけで本当にわけがわからない。ボランティアから鞍替えする人もこれからさらに出そうだし、派遣会社は先の幹部曰く「笑いが止まらない」とのことで、莫大な税金がまたしても派遣会社に流れ込む。ボランティアは接種優先との話だが、派遣バイトの彼らに対するワクチン接種はどうなるのか、オリンピック本番までもう1ヶ月を切っている。そのくせ一般国民にはコロナだから遊ぶな、外に出るな、酒を飲むなと強制して、あげくオリンピック期間中は「テレワーク・デイズ」計画ということで「オフィスで働くな」になるという。経団連3000団体が対象らしいが、この勢いで「オリンピック戒厳令」でも敷きそうだ。いったい誰のためのオリンピックなのか。
御年84歳の川淵三郎2020年東京オリンピック選手村村長は「『五輪はしょうがないかな』という形で認めてもらっている」とのたまう。その「しょうがない」「認めてもらっている」のエビデンスは誰の言なのか。耐え続ける一般国民にはエビデンスを要求するくせに自分たちは示さない。もう一年以上そうだ。
こうした政府の矛盾が寄生虫による中抜きを生み、島木さんのような「オリンピック楽しみです」とコロナ気にせず行動する国民と、そうでない国民との分断を生んでいる。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。