集団の中でも独自の個性を打ち出す(写真/Getty Images)
筆者は後方の座席での観劇だったが、前田の声の力には唸らされた。上演場所である東京芸術劇場プレイハウスは最大800人もの観客を収容できる劇場であり、後方の座席となればステージまでかなりの距離がある。しかし、前田の身のこなしや表情、声の力はそんな問題を物ともしない。彼女が身体を通して何かを“伝える”、“届ける”ということに長けた俳優なのだと肌で感じる機会となったのだ。
ご存知の通り、前田は元トップアイドルだ。“アイドル戦国時代”とも言われる環境下で、黎明期からAKB48の中心に立って活躍していたことは広く知られている。今回の『フェイクスピア』は、彼女のこの経験が非常に活きていたと思う。というのも、NODA・MAP作品の大きな魅力の一つに、“群舞”があるからだ。
本作には、メインキャスト以外に物語世界を支えるアンサンブル・キャストが10人以上参加している。彼らは時にイタコの集団となることもあれば、カラスの群れになったり、全員で“巨木”を表現したりもする。一人ひとりが“個”ではなく、作品を成立させるために“全(グループ)”で動くのだ。NODA・MAPの公演には彼らの存在が欠かせず、観客の目には群舞として映る。そして、彼らの中心に、3つの役を切り替えながら立っているのが前田なのだ。集団でのパフォーマンスを乱すことなく、それでいて自身のキャラクター性を明確に打ち出す。前田が演じるキャラクターの登場によって、集団やステージ上の空気が変わるさまは、まさに“センターの為せる技”である。
前田のNODA・MAP参加は、彼女の俳優人生において大きな意味を持つと思う。何よりも今回は、大先輩たちに囲まれての闘い。その中で一人三役を務め上げ、アイドル時代に培ってきたものを十全に活かしながら作品を支えて観客を魅了した。今回筆者は1ステージしか観ていないが、公演ごとにアドリブが飛び交うのもNODA・MAPの醍醐味だ。共演者からの突飛なアドリブを前田が受けたり、あるいは彼女もアドリブを行ったかもしれない。とにかくここで必要となるのは、観客を前にした状態での柔軟な適応力。これは俳優としてのレベルの底上げに繋がることだろう。
そしてNODA・MAPといえば、優れた女性俳優たちがさらに飛躍するための“登竜門”としても知られている。天海祐希(54才)、深津絵里(48才)、宮沢りえ(48才)、松たか子(44才)、蒼井優(36才)、黒木華(31才)と、錚々たる顔ぶれが各作品のカギとなる正ヒロインを務めてきたのだ。今作はヒロイン不在だったが、必ずや前田もここに名を連ねる日がやってくるに違いない。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。