後生に伝えたいという強い思いが滲み出ている
それから5年経った今年、発売になった『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』を内田さんはどう読んだのか。
「老い、ということで言えば、あれから5年経っていて、いきなり昏倒されたことが書いてあったりと、読んでいてドキドキするところもありましたが、これが最後なんだという強い思いが随所に表れています。佐藤さんは身体は衰えているけれども、文章は『九十歳』の時よりもさらに研ぎ澄まされていて、覚悟というか悟りというか、佐藤さんの思いがより伝わってきました。
いろんな過去の思い出がフラッシュバックのように蘇ってきていて、これは言葉で残さなきゃいけないということがより際立って聞こえてくるところがあったと感じます。森(喜朗)さんの『女性が多いと会議の進行に時間がかかる』という発言についても、森さんにではなく、この国の知性に対してすごく憂いているところなど、彼女らしい切り口で、これだけは言っておかなきゃ、という覚悟を感じてしびれました。
いちばん印象に残ったのは戦争時の思い出です。『ブルンブルン体操』の話やバケツリレー、竹槍の訓練の話など、いくつかのエッセイにわたって書かれていますよね。戦争はいまもどこかで起きていて、一方で戦争の記憶は国民の中では薄れています。そうしたことに対する危機感を佐藤さんはすごく感じているのではないかと思いました。
いまもコロナでぼくたちは非常事態の中に生きているわけですが、彼女は戦争という一番の非常事態を経験しているわけです。真珠湾攻撃について、日本の騙し討ちやないのんと思ったという話もありましたが、これまでと同様、面白おかしいトーンでフラットに構えながらも、後生に伝えたいという強い思いが作品から滲み出るように雄弁に伝わってきて、やっぱり佐藤さんは根っからの作家なんだろうなと思いました」
佐藤さんは『九十歳』の中で、ちょっとしたことでもネット上で炎上する世の中を「いちいちうるせえ」と喝破したが、いまは事態がさらに悪化していると内田さん。
「いろんな意見があって賛成反対があるのは然るべきですが、長い文脈の中でそこだけ切り取ってネガティブに足を引っ張り合って、新聞も雑誌も何も真っ当なことを言えなくなっている歪んだ時代にあって、佐藤愛子さんのこの本は炎上上等ではないですが、真っ当なことを言い尽くした本だと思います。だからこそ、5年前よりも佐藤さんのメッセージはさらに心に響きますし、『九十八歳』は『九十歳』よりももっと誰かに伝えたくなる本だと思います」
※女性セブン2021年9月16日号