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デビュー40周年の渡辺徹 「自分は何者なのか」悩んだ過去

やりながら迷えばいい。「意地にならない」ことの大切さ

「厚かましいくらいでちょうどいい」

「厚かましいくらいでちょうどいい(笑)」

 今年還暦を迎えた。少し前には、「いつまで仕事を続けられるか」と頭をよぎったこともある。

「やっぱりきっかけは病気ですね。心筋梗塞をやった頃から、いつまでできるんだろうなあ、って考えるようになったのは確かです。でも、わからない先のことを考えても仕方ないし、何か計画を立てたとしてもその通りになるとは限らない。人生設計や目標をもつのはまた別ですけどね。

 そう気づいたのが、今年です。最初の入院から9年経って、人間としても厚かましくなってきた。結局目の前のことをひとつひとつやるしかない。ただ、そのなかでいちばん大事なのは、やっぱり『今、これをやりたい』と思っていることを捕まえられるかどうかだと思います。今自分の針が振れているものは何なのか、正直にキャッチする。自分で自分の制限を決めて、針を振らさないなんて勿体無い」

 がむしゃらに40年過ごしてきた渡辺の結論は、「やりながら迷えばいい」というものだ。「必死にやってみて、ちょっと違うなと思ったらやめていい。意地になって全部続けなくていい」という渡辺には、いろんな肩書があるという悩みはもうない。大事なのは、他人が自分につける〈肩書〉よりも、自分が今何をしたいか。2度の大病を経て、杉村の言葉を益々痛感している。

41年間ずっと「文学座」に身を置く理由

文学座20期生。テレビのない時代からいる先輩には、テレビ出演に否定的な声もあったという

文学座20期生。テレビのない時代からいる先輩には、テレビ出演に否定的な声もあったという

 走りながらしなやかに取捨選択をしていく。そのなかで文学座は、最初から現在まで渡辺の「ベース」だ。

「身を置き続けるのには、3つくらい理由があるんですよね。一つは、先輩、後輩、演出家含めてまだ一緒にやりたい人間がいるということ。二つめは、『怒られること』ですね。デビューした頃はどんな現場に行っても怒られてたのに、最近は怒られない。ドラマの現場に行っても、バラエティ番組でも、怒られなくなってくる。

 だけど、劇団の稽古に来ると、関係なく怒られる。文学座においては、後輩が先輩にものを言ってもいいんです。俺らも先輩に意見してきたし、先輩もそれを聞く耳をもつのが伝統になっている。

 外で仕事をした後劇団に戻ってくると、『あ、俺ってまだこんなことできないんだ』とか、逆に『こんなことできるようになったんだなあ』っていうのが、明確にわかるんです。だから、俺にとって劇団は、人間ドックならぬ役者ドック的な価値がある。役者として、きちんと診断してくれる大切な場所です。

 三つめは、文学座という看板ですね。劇団のポジションや価値は時代とともに変わっているかもしれないけど、それでも俺は文学座っていう看板に助けてもらったから。樹木希林さんや桃井かおりさん、松田優作さんのような、俺が研修生になった時にはすでに文学座をおやめになっていた先輩も、俺が文学座っていうだけでことさらに可愛がってくれた。そういう恩がありますね」

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