芸能

林家つる子 女性目線の一幕を加える手法が人情噺に大きな効果

古典の持ちネタが多く、新作にも取り組林家つる子(イラスト/三遊亭兼好)

古典の持ちネタが多く、新作にも取り組む林家つる子(イラスト/三遊亭兼好)

 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、林家つる子の独演会についてお届けする。

 * * *
 愛嬌満点の高座で人気の女性二ツ目、林家つる子。古典の持ちネタは数多く、新作にも取り組んでいる。8月10日、日本橋社会教育会館で開かれた彼女の独演会を観た。

 1席目は、野球をまったく知らないエリート課長が、少年野球で投手になった息子に「変化球を教えて」と言われ、経験者の部下に初歩から教わって2週間でスライダーをマスターする『スライダー課長』。会話の面白さもさることながら、「左手で捕球する際、後ろに廻した右手で身体を叩いて“バシッ!”という捕球音を出す」のがあまりに印象的で、僕がつる子に注目するきっかけになった噺だ。作者は社会人落語日本一決定戦で優勝経験もある青山知弘氏。

 2席目は『たがや』。野次馬をコミカルに描く一方で、たがやが侍に啖呵を切る威勢の良さはまさに本寸法。たがやが殿様一行に立ち向かうクライマックスでは型に嵌まらない地の語りの巧みさが際立つ。

 3席目は左甚五郎の逸話『ねずみ』で、子供の客引き(卯之吉)に案内された甚五郎が腰の抜けた主人(卯兵衛)の営む“ねずみ屋”という粗末な宿に泊まるところから始まるのが普通だが、つる子は冒頭に独自の演出を盛り込んだ。

 病床にある母が「七夕でお客さんが大勢なのにすまないね」と言うと、幼い息子が「あたいが手伝ってるから大丈夫だよ!」と健気に応える。卯兵衛がまだ仙台一大きな虎屋の主人だった頃の、卯之吉と実母との会話だ。短冊に書いた願いごとを尋ねる母に、卯之吉は「早くおっかさんが良くなって、またみんなでお寿司を食べたい」と書いたのだと言う。この回想シーンから、客引きをする“現在の卯之吉”の場面へと転じ、甚五郎と出会うことになる。

 この演出は素晴らしい。生前の実母と卯之吉の仲睦まじい様子をリアルに描くことで、後に卯兵衛が甚五郎に語る「後妻に虐められた卯之吉が『なんでおっかさんは死んじまったんだ』と泣いた」という身の上話が、何倍にも切なく感じられる。甚五郎に卯之吉が“お寿司”をねだる伏線になっているのも見事だ。

 つる子は『子別れ(下)』でも、冒頭で熊五郎に追い出された母子の日常生活を描いてから、亀吉が父と再会する場面へと移行するという独自の演出を加え、物語に膨らみを持たせた。こうした工夫は“女性演者であること”を武器にする。つる子の演じる母は真に迫り、子供の健気さ、可愛さも格別だ。

 つる子の“女性目線の一幕を加える”手法は、とりわけ人情噺において大きな効果を生む秀逸なアイディアだ。積極的に推し進めてほしい。

【プロフィール】
広瀬和生(ひろせ・かずお)/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。『21世紀落語史』(光文社新書)『落語は生きている』(ちくま文庫)など著書多数。

※週刊ポスト2021年10月1日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の打ち上げに参加したベッキー
《ザックリ背面ジッパーつきドレス着用》ベッキー、大河ドラマの打ち上げに際立つ服装で参加して関係者と話し込む「充実した日々」
NEWSポストセブン
三田寛子(時事通信フォト)
「あの嫁は何なんだ」「坊っちゃんが可哀想」三田寛子が過ごした苦労続きの新婚時代…新妻・能條愛未を“全力サポート”する理由
NEWSポストセブン
雅子さまが三重県をご訪問(共同通信社)
《お洒落とは》フェラガモ歴30年の雅子さま、三重県ご訪問でお持ちの愛用バッグに込められた“美学” 愛子さまにも受け継がれる「サステナブルの心」
NEWSポストセブン
大相撲九州場所
九州場所「17年連続15日皆勤」の溜席の博多美人はなぜ通い続けられるのか 身支度は大変だが「江戸時代にタイムトリップしているような気持ちになれる」と語る
NEWSポストセブン
一般女性との不倫が報じられた中村芝翫
《芝翫と愛人の半同棲にモヤモヤ》中村橋之助、婚約発表のウラで周囲に相談していた「父の不倫状況」…関係者が明かした「現在」とは
NEWSポストセブン
山本由伸選手とモデルのNiki(共同通信/Instagramより)
《噂のパートナーNiki》この1年で変化していた山本由伸との“関係性”「今年は球場で彼女の姿を見なかった」プライバシー警戒を強めるきっかけになった出来事
NEWSポストセブン
マレーシアのマルチタレント「Namewee(ネームウィー)」(時事通信フォト)
人気ラッパー・ネームウィーが“ナースの女神”殺人事件関与疑惑で当局が拘束、過去には日本人セクシー女優との過激MVも制作《エクスタシー所持で逮捕も》
NEWSポストセブン
デコピンを抱えて試合を観戦する真美子さん(時事通信フォト)
《真美子さんが“晴れ舞台”に選んだハイブラワンピ》大谷翔平、MVP受賞を見届けた“TPOわきまえファッション”【デコピンコーデが話題】
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組・司忍組長2月引退》“竹内七代目”誕生の分岐点は「司組長の誕生日」か 抗争終結宣言後も飛び交う「情報戦」 
NEWSポストセブン
活動を再開する河下楽
《独占告白》元関西ジュニア・河下楽、アルバイト掛け持ち生活のなか活動再開へ…退所きっかけとなった騒動については「本当に申し訳ないです」
NEWSポストセブン
ハワイ別荘の裁判が長期化している
《MVP受賞のウラで》大谷翔平、ハワイ別荘泥沼訴訟は長期化か…“真美子さんの誕生日直前に審問”が決定、大谷側は「カウンター訴訟」可能性を明記
NEWSポストセブン
11月1日、学習院大学の学園祭に足を運ばれた愛子さま(時事通信フォト)
《ひっきりなしにイケメンたちが》愛子さま、スマホとパンフを手にテンション爆アゲ…母校の学祭で“メンズアイドル”のパフォーマンスをご観覧
NEWSポストセブン