南が寂聴さんと最後に話したのは、今年の5月。コロナで京都への訪問が叶わず、電話で言葉を交わしたという。
「そのとき、先生は足にカテーテルを入れる手術を控えていたんですが、とても元気なお声でした。いつかはお別れする日が来ることは頭ではわかっていても、不思議なことに先生がいない世界を想像したことがなかった。70代、80代、90代と人生を謳歌されているお姿を拝見していたので、いつまでもお元気なままで私たちに生きる希望を与えてくれるような、そんな気がしていたんです」
人生の道しるべでありながら、母のような温かさで南を包み込んでくれたという寂聴さん。2度の離婚の際にも、寂聴さんの存在が大きなよりどころになっていたという。
南は、2000年に最初の夫である作家の辻仁成(62才)と離婚し、長男を引き取ってシングルマザーに。2005年に渡辺謙(62才)と再婚するも、2018年再び離婚。このときは精神的にかなりのダメージを受け、重度のうつ病と診断されたという。「人生最大の奈落に落ちている」と感じたという南。その奈落の底から救い上げたのは、ほかならぬ寂聴さんの言葉だった。
「最初は、私の思いをただただうなずきながら聞いてくださいました。そして、私の苦しみを重々わかってくださった上で『いろんな感情を味わいなさい。すべてが人生の栄養になりますよ』、『何もない方がおかしいのよ。何かある方があなたの人生に彩りを与えてくれる。苦しいことも含めて人生なのよ』っておっしゃって。最後には『いまがいちばんいいじゃない! ひとりになって、これから自由に生きられますよ』と励ましてくださったんです」
騒動の渦中、南は人間不信に陥った。そんなときは、周囲に感謝する余裕など持てないもの。しかし、寂聴さんは困難にあるときこそ自分の境遇に感謝することを説いたという。
「『世界が恨めしく思うこともあるかもしれない。でも、人が美しくなるときっていうのは、感謝の気持ちを持っているときなのよ』というメッセージはずっと忘れません。自分のことで一杯一杯でそんなふうにとらえられなかった時期もあるけれど、振り返ってみると本当に先生のおっしゃる通りなんですよね」
「別の人間になるチャンスを与えられた」
離婚だけでなく、病との闘いにおいても、寂聴さんの言葉が大きな支えになった。2016年に乳がんが発覚。手術は成功したが、その後のホルモン療法や抗がん剤の投与で体調が悪化。肉体的にも精神的にもつらい状態が続いた。