「このとき、先生からは『病気にならないに越したことはないけれど、病気をしたことでいままでとは違う物事の感じ方ができる。別の人間になるチャンスを与えられたのよ』というお言葉をいただきました」
寂聴さんのこの言葉の意味を、のちに南はかみしめることになる。この2年後に訪れた2度目の離婚の際、どんなに精神的に追い詰められていても、病気の経験があったからこそ生き抜くことを決意できたからだ。
「“がんからの贈り物”という意味で、キャンサー・ギフトという言葉がありますが、闘病の経験があったから、その後の苦しい時期も持ちこたえられた。先生のおっしゃるように、病気によって私は別の人間になっていたのでしょう」
最後に南は、寂聴さんとの約束について、明かした。長年にわたる寂聴さんとの交流の中で、何度も何度も言われていたことがあるというのだ。
「お会いするたびに、先生は“あなたは文章を書くべき人間ですよ”っておっしゃっていたんです。きっと、私の中でふつふつと湧き上がる情熱のようなものを感じ取っていたんでしょうね」
南はそのアドバイスを心に刻み込み、しっかりと行動に移している。
「実はいま、エッセイを執筆しているんです。先生には書き終えてから報告しようと思っていましたが、それは叶いませんでした……。いまはまだ、先生がこの世にいらっしゃらないことが信じられなくて、すぐには前を向けそうにありません。
でも、いつの日か、先生に“私の人生は本当に面白くなりました。先生のおっしゃる通りでした”ってご報告できたらいいなと思っています。そして先生からいただいた数々の言葉に恥じない生き方をしていきたいですね」
寂聴さんの体は天に召されようとも、彼女が紡ぎ、後輩たちに遺した言葉はいまも生き続けている。そして、言葉を授けた後輩たちの人生を通じて、後世に受け継がれていくことだろう。
※女性セブン2021年12月2日号