イラスト/大野博美
父親が死んで店を継いだのが十六年前。以来、まっとうな商売をやってきたつもりだ。ヤクザやチンピラがこの店に入り込む余地などない。
「クルマを売るときは身元を確認していますが……」
「こっちも調べはついてるんでね」小柄な方がもう一人に向けてあごをしゃくる。
「ちょっと署のほうでお話をうかがえますかね」大柄の方が言った。
「ま、待ってくださいよ、何かのまちがいでしょう。なんだったらうちの顧客のリストを見せますよ」ウソではなかった。しかし、整備工場の脇に建てたプレハブの事務室を指さした塚原を、刑事たちは冷たく鼻で笑った。母屋からは見えないように幹線道路わきの死角に停めていたクルマのほうへ向き直ると、大柄な方が愛想のよい猫なで声を出した。
「なに、何事もなければすぐ終わります」
そもそも、自分の店が扱っている中古車や軽自動車と暴力団が結びつかない。彼らが乗るのは、鏡のようにピカピカに磨き上げた黒塗りの高級車じゃないのか。
(もしかしたらあのときの。いや、そんなバカな……)
ひとことの会話もなく名古屋の中心部へと走る警察のクルマの中で、塚原は今年の春先にあった奇妙な出来事を思い出していた。
嫌な予感がした。
「春日組にクルマ売ったよね?」
クルマが向かった先は、近くの「警察署」ではなく、愛知県警本部だった。道中、塚原は、混乱する頭を必死に整理しながらここ最近の仕事を振り返っていたが、思い当たるとすればあのことしかなかった。
(それしか考えられない……)
天井の青白い蛍光灯の光が直に当たる古い事務机とパイプ椅子。格子の入った窓の向こうには名古屋城の天守閣が見える。生まれて初めて入った取調室は刑事ドラマで見たまんまだった。ドラマと違いがあるとしたら、刑事たちと自分を隔てるように設置された感染症対策のアクリルボードと消毒用アルコールくらいか。
さて、と前置きして小柄な方の刑事が言った。机のかたわらに立ち、こちらを余裕たっぷりに見下ろしている。
「塚原さん。春日組にクルマ売ったよね?」