イラスト/大野博美

イラスト/大野博美

 おそらく「トヨネット長久手店」の中の整備工場なのだろう、フリーローラーの上でタイヤを空転させているもの、サイドスリップテスターで車体の横滑り量を測っているものなど、動画は複数あった。

「車検、ですよね?」

 そのとき、入り口のドアについているカウベルがカランと鳴り、新しく客が入ってきた。横井は表情をこわばらせてそちらをうかがったが、こちらに向き直ると黙ってうなずいた。

 不正車検だ。

 入社と同時に名古屋に配属されて九年目の三十歳。自動車業界を取材するようになって五年目だ。メーカー各社の人事事情から部品サプライヤー、ディーラーのことまでひととおりわかるようにはなったが、車検となるとあまり自信がない。それでも横井が送ってきた動画を見れば、車検で本来行うべき工程をいたるところで飛ばしているのが一目瞭然だ。横井は周囲を気にしてか、声をひそめた。

「車検とセットで義務になっている法定点検は、二十四カ月点検で五十六項目あります。でも、実際にやっているのは、いいところ四十項目です」

「会社の上層部には伝えましたか?」

「彼らに言ったところで無駄ですよ」

 横井の目が暗くかげった。

「私は先月まで車両整備部にいました。会社から車検一台にかける時間制限を設けられて、この不正に手を染めていた一人です。もちろん、好きでやっている整備士など一人もいない。でも、声をあげたら会社から目をつけられます。閑職に追いやられた人間、嫌がらせを受けて退職していった人間、これまで何人も見てきました」

 悪質だ。明らかに組織ぐるみの不正である。私もそうです、と横井が続けた。

「整備から外されて、やったことがない営業部にまわされました。古いスーツを引っ張り出して出勤したら、トヨトミ本体から出向してきた上司にそんな薄汚いスーツで顧客対応をする気かと言って帰らされた。営業部の面々はその上司が飼いならしていますから、誰も私に営業のいろはを教えてくれません。成績が伸びるはずもなく、若手の前で面罵される毎日です」

 横井の服装がさまになっていないのはそのせいか。一年中作業着姿だった人間が、着慣れないスーツを着させられているのだ。

「それだけではありません。尾張モーターズ本社にも私は“危険分子”として報告され、いじめにあいました。社長がお気に入りのホステスを口説くための贈り物を休日返上で買いに行かされましたし、それをそのホステスのいる高級クラブで社長が飲んでいるところに届けさせられたこともありました。挙げ句の果てに“これじゃない”と大勢の前で投げつけられ……」

 ひどい話だが、このままだと横井の愚痴を延々と聞くことになりそうだ。話を不正車検に戻す。

「会社ぐるみでやっているとなると、かなりの台数になるのでは……」

 横井は自分が責められているかのような辛い表情になり、少しの間押し黙ったが、やがて覚悟を決めたように言った。

「正確な数などとても把握できません。この数年間、まともに車検をしたクルマはほとんどないのです。それに、うちの店だけではないかもしれません。これはトヨトミの車検システムの問題ですから」

 ふと、思い立って動画再生を止め、複数ある動画ファイルの合計時間を計算してみた。見覚えのある数字がはじき出された。

 五十五分。

関連キーワード

関連記事

トピックス

NHK中川安奈アナウンサー(本人のインスタグラムより)
《広島局に突如登場》“けしからんインスタ”の中川安奈アナ、写真投稿に異変 社員からは「どうしたの?」の声
NEWSポストセブン
カラオケ大会を開催した中条きよし・維新参院議員
中条きよし・維新参院議員 芸能活動引退のはずが「カラオケ大会」で“おひねり営業”の現場
NEWSポストセブン
コーチェラの出演を終え、「すごく刺激なりました。最高でした!」とコメントした平野
コーチェラ出演のNumber_i、現地音楽関係者は驚きの称賛で「世界進出は思ったより早く進む」の声 ロスの空港では大勢のファンに神対応も
女性セブン
文房具店「Paper Plant」内で取材を受けてくれたフリーディアさん
《タレント・元こずえ鈴が華麗なる転身》LA在住「ドジャー・スタジアム」近隣でショップ経営「大谷選手の入団後はお客さんがたくさん来るようになりました」
NEWSポストセブン
元通訳の水谷氏には追起訴の可能性も出てきた
【明らかになった水原一平容疑者の手口】大谷翔平の口座を第三者の目が及ばないように工作か 仲介した仕事でのピンハネ疑惑も
女性セブン
襲撃翌日には、大分で参院補選の応援演説に立った(時事通信フォト)
「犯人は黙秘」「動機は不明」の岸田首相襲撃テロから1年 各県警に「専門部署」新設、警備強化で「選挙演説のスキ」は埋められるのか
NEWSポストセブン
歌う中森明菜
《独占告白》中森明菜と“36年絶縁”の実兄が語る「家族断絶」とエール、「いまこそ伝えたいことが山ほどある」
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
5月31日付でJTマーヴェラスから退部となった吉原知子監督(時事通信フォト)
《女子バレー元日本代表主将が電撃退部の真相》「Vリーグ優勝5回」の功労者が「監督クビ」の背景と今後の去就
NEWSポストセブン