「五十五分車検(GOGO車検)」は、トヨトミ自動車社長・豊臣統一がディーラーの業務改善をサポートする部署にいた頃に導入したものだ。「製造業の神髄」とも呼ばれる「トヨトミシステム」を車検にも採り入れて、入庫から車検までの流れを徹底的に効率化し、待ち時間を劇的に減らした。
一時間以内に車検が終わるのであれば、ユーザーにとって大きなメリットである。多くはクルマを預かり中一日おいて翌日返しの三日を要し、その間に代車を貸し出す他社の車検との利便性の違いは明らかだ。
しかし、その結果がこれか、と文乃は暗澹たる思いに駆られた。「五十五分で終わる」と掲げている以上、現場はそれに応えなければならない。そのプレッシャーが不正を生んだと横井は言いたいのだろう。(統一さん、「ユーザーのみなさまの笑顔が大事」とことあるごとに繰り返しているのに)
コロナ禍を理由に廃止されてしまったが、文乃は統一の自宅で行われる「朝回り」という一種の囲み取材に、「キレイどころがいると統一さんの機嫌がいいから」という上司のパワハラでセクハラなご下命を受けて何度か顔を出したことがある。出勤前の統一を囲むため朝は早いしきちんと化粧はしないといけないしで面倒なことこの上なかったのだが、その場で統一が繰り返していたのが「ユーザーのみなさまの笑顔が大事」というセリフだった。
(あるべき手順を飛ばし、正規の料金を取る。安全性はそっちのけ。なんのことはない、大事なのはユーザーの笑顔ではなくトヨトミの笑顔と自分の笑顔じゃない)
おそらくこれは車検だけで収まる問題ではない。次の取材先としてひらめくものがある。
記者の鼻が利く文乃には、この件と今自分が追いかけているネタが、深々と根っこのところで結びついているのが見えた。
(第2回「共食い」につづく)
※登場する組織や人物はすべてフィクションであり、実在の組織や人物とは関係ありません。
編集/加藤企画編集事務所