イラスト/大野博美

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 愛知県内を拠点とする、武闘派で知られる暴力団の名前だ。別名〝殺しの春日〟。向かいの椅子に座った長身の方が、ノートパソコンを開いてこちらが何かしゃべるのを待っていた。うながされるままに話していいのだろうか。

 ドラマで「弁護士が来るまで話さない」と開き直る被疑者がいたが、町の小さなクルマ屋に顧問弁護士などいるはずがない。こんなとき、どうすればいいんだろうか。刑事たちは暴力団排除条例がどうとか言っていたが、条例違反は刑事罰の対象なのだろうか。万が一懲役なんてことになったら、息子の将来はどうなるんだろうか。亡くなる前に、まだ小学生だった隼人を案じていた妻の顔が浮かぶ。

 いきなり県警本部に連れてこられ、容疑者のような取り調べが始まると、湧き出る不安が新たな不安を呼び込んで、背中に嫌な汗が噴き出てくる。ただ、それよりなにより、こちらが条例違反を犯したと決めつけている刑事たちが怖かった。

 いや、絶対俺はやっていない。潔白なのだから、何も臆することはないはずだ。

「私は暴力団にクルマを売ったりなどしていません」

 二人の刑事が顔を見合わせる。小柄な方が呆れたような顔をして、小脇に挟んでいたファイルを机の上に開いて見せた。

「これね、トヨトミの“キング”の注文書と購入契約書。契約者の欄にある新井善治ってのが、春日組の構成員なんですよ。それで、見てよ。販売店は塚原カーサービスになってる。これもね……」

 刑事は次々と契約書を机に並べた。キング、クイーン、ゼウス。いずれも、いかにもその筋の人間が好きそうな、迫力のある高級モデルだ。注文書の方にも目を通してみると、車体の色はすべて黒。幹部が座る後部座席をランクアップさせている。

 高級ミニバンの「デルタード」のものもあったが、このクルマは職務質問にわずらわされたくないヤクザが近年好んで乗っていると聞いたことがある。一見家族が乗っていると見せかけて、飛行機のファーストクラスさながらに改装し、装甲を施した後部座席には組長がふんぞり返り、前を護衛の若衆が固めるというわけだ。

 もちろん、どれも売った記憶がなかった。そもそも契約書にあるような高級車など扱っていないことは、さっき店の展示スペースを覗いていた刑事たちが目にしたとおりだ。ただ、どの契約書のクルマもトヨトミ車だったことで、自分の考えていたことは正しいと確信した。

 まちがいない。あれだ。

 腑に落ちたことがもう一つ。先週末預金が引き出せなかった理由もわかった。「反社会勢力」と取引があるとみなされて、口座が凍結されたのだ。

GOGO車検

「なにこれ……」

 スマートフォンに送られてきた動画を見て、思わず目を見張った。

 名古屋市郊外。目の前に男が座っている。一カ月前に匿名でメールが送られてきてからやりとりを重ね、どうにか面会にこぎつけた男。午後三時に指定されたのは、小牧市内のうらぶれた喫茶店だった。人目につきたくなかったのだろう。日本商工新聞名古屋支社トヨトミ自動車担当記者・高杉文乃は、向かいの席で弱々しく笑っている男を見た。内部告発をする人間は、同じ表情に同じ笑いを浮かべるのはなぜなのだろう。

 男はスーツ姿だったが、肩幅が合っていないのかどこかおさまりが悪く、そのせいで所作までぎこちなく見えた。背中は曲がり、顔色も優れない。ひどく疲れた印象の男だった。

「あの、横井さん……。これって」と、先ほどもらったばかりの名刺に書かれている名前を確認してから呼びかける。

「トヨネット長久手店営業部横井一則」

 東海地方全域でトヨトミ自動車のディーラー(販売店)を展開する「尾張モーターズ」傘下の店舗だ。頭の中で場所と外観を思い浮かべる。尾張モーターズはトヨトミディーラーの最大手。トヨトミ本体と資本関係のない地場ディーラーだが、名証二部上場の大企業である。

「トヨトミ自動車を担当されている記者さんなら、この動画、わかっていただけますよね」

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