テレビ東京のグルメドキュメンタリードラマ『孤独のグルメ』が年末年始に“大活躍”した。2012年に放送がスタートした深夜ドラマシリーズだが、大晦日にはその一部を朝7時45分から13時30分まで再放送し、夜10時からは90分で『孤独のグルメ2021大晦日スペシャル~激走!絶景絶品・年忘れロードムービー~』が放送された。元日は朝9時から17時55分まで、また過去放送分の中から一部が再放送された。主人公・井之頭五郎を演じる松重豊(58)が2日間、ほぼ出ずっぱりだったのだ。
それでも、視聴者には「面白い」「飽きない」と好評で、大晦日のスペシャル版の平均世帯視聴率は6.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。『NHK紅白歌合戦』第2部を放送したNHK、『ザワつく!大晦日 一茂良純ちさ子&徹子&羽鳥玉川&新庄BIGBOSSの会』のテレビ朝日に次ぐ3位。民放では2位と好成績を残した。『孤独のグルメ』がこれほど視聴者を引きつけるのはなぜか。テレビコラムニスト・桧山珠美氏はこう言う。
「おいしいものを食べて、満たされて、幸せを感じるというのは人間の原点。若い人も年配の人も楽しめます。しかも、『孤独のグルメ』は究極の黙食だから、コロナ禍という今の時代に合っている。五郎さんが『うまい!』と心の中で舌鼓を打ちながら、ゆっくり味わって食べる姿は食べ物に対するリスペクトや食べる喜びが感じられます。コロナで苦しんだ飲食店にとっても、自由に食べに出歩けなかった私たち客側にとっても、共感できるのではないでしょうか。『今度、自分もあの店に行きたいな』と思わせてくれるワクワク感もありますよね」
実際、ドラマで松重が食べた店は、行列ができることもあるという。視聴者に「自分も食べたい!」と思わせるのは、主人公を演じる松重の魅力も大きいだろう。万人に愛される“ちょい渋”の中年であり、身体が大きく、いかにもよく食べそう。実際にドラマでもいい食べっぷりを見せてくれる。しかもスリムでスーツがよく似合う。中年男性サラリーマンの支持を集めやすい。
『孤独のグルメ』人気はシリーズ化によって、地道にファンを増やしてきた背景もある。同作は扶桑社の『月刊PANJA』(現在休刊)『週刊SPA!』で連載された同名漫画(原作は久住昌之氏、作画は故・谷口ジローさん)が原作。輸入雑貨商を営む主人公が商用で訪れる街で飲食店に立ち寄り、1人食事を楽しむ姿を描いたシンプルな内容だが、シーズンを重ねるごとに着実にファンをつかみ、昨年は『Season9』が放送された。2017年からは大晦日にスペシャル版を放送し、昨年で5年目。視聴率は例年4%台だったが、今回、6%台に数字を伸ばした。なぜなのか。放送作家の経験も長いノンフィクション作家の細田昌志氏はこうみる。
「2021年とそれ以前の紅白裏番組の大きな違いは、2020年まで民放トップだった日本テレビの『笑ってはいけない』特番が2021年は放送されなかったこと。単純にいうと、どこがその『笑ってはいけない』の視聴者の受け皿になったか、で差が生まれた。
日本テレビは同じお笑い路線で人気芸人を数多く投入し勝負したが、お笑いファンを繋ぎとめられず視聴率を下げた。NHKの紅白第2部の平均世帯視聴率は史上最低に沈んだ。TBSは2020年にグルメ番組で最下位だったことから、ゲームバラエティに路線変更したがまたしても最下位。フジテレビは格闘技路線を貫き大差なし。結局、定番の『ザワつく!大晦日』を放送したテレビ朝日と、『孤独のグルメ』のテレビ東京が、受け皿となって視聴率を上げた。『孤独のグルメ』はコンテンツの良さが土台にあり、とくに紅白を離れた高齢者を取り込んだ」
『ザワつく!大晦日』も『孤独のグルメ』も、40代以上が広く楽しめる番組だ。『孤独のグルメ』はとくにM3層といわれる50~64歳の男性視聴者がチャンネルを合わせたとされる。結局、テレビをよく観る世代を狙った番組の視聴率が上がったわけだ。
「TBSとフジテレビは昨春から若い世代をコアのターゲットと位置づけて番組作りをしています。日本テレビはさらに前から、同様の姿勢です。つまり、去年はとくに、もともとテレビを観ない層をターゲットに番組作りをしているため、視聴率が下がるのは当たり前。広告業界には若年層を意識した動きは何年も前からあり、広告効果を計測する指標は多様化しているので平均世帯視聴率はひとつの指標にすぎません。
スポンサーも、視聴率を気にするスポンサーもあれば気にしないスポンサーもあります。そう単純な話ではありません。ネット配信もありますからテレビの視聴率だけを考えて番組作りをしているわけではないし、かえって高齢層を意識してテレビの平均世帯視聴率をとることにこだわっている局こそ“時代遅れ”という見方もあります」(広告会社関係者)
では、『孤独のグルメ』だけでなく、その放送時間帯の前の16時から22時まで放送していた『第54回年忘れにっぽんの歌』でもさらに高齢層を狙っていたテレビ東京には、ジリ貧の未来が待っているのか。
「テレビ局は購買意欲や購買力のない若年層だけをターゲットにしているわけでもありません。結局、各局が特色あるオリジナルコンテンツを作ることが大事になってくると思います」(テレビ制作会社幹部)
50代以上のための番組が減っている今、テレビ東京は逆にこの年齢層に熱く支持される局を目指すのも手か。