ドカベンの連載を続けたのは深い理由があった(時事通信)

ドカベンの連載を続けたのは深い理由があった(時事通信フォト)

 この言葉が水島少年にとって何よりの宝物となった。いついかなる時も前を向いて頑張ることができ、漫画家になることができたのだ。

 通常の漫画家なら1~2本のヒット作品を延々と連載していくものだが、水島は長期連載『あぶさん』を抱えながら、『球道くん』、『一球さん』、『大甲子園』と立て続けにヒット作を連発し、野球漫画の巨匠という不動の地位を手に入れ、精力的に野球漫画を書き続けた。

 そして、1995年Jリーグブームの最中、不朽の名作『ドカベン』の続編となる“プロ野球編”の連載を開始した。その理由を語ってくれたときのコメントこそ、水島の天賦の才を見た思いがした。

「元来子どもというものは、公園の砂場でお城をつくったり、積み木で建物をつくっても、最終的には足で蹴っ飛ばしてぶっ壊してしまう生き物。本能的に蹴る動作が備わっているんだと思う、だからサッカーは子どもたちにとって最も適したスポーツなんだと思う。Jリーグが始まればサッカー人気が高まるのは必至。だからもう一度、山田や岩鬼たちを描かなければと」

 常にアンテナを宿し、多様性を持って推察する姿は、まさに慧眼の士そのものである。

 晩年の水島は、おしゃれに身を包み、メディアにもほとんど出ることなく、好きな漫画を描き続けるだけの穏やかな生活を送っていた。水島の性格がにじみ出る微笑ましい話がある。

 美容皮膚科系のクリニックに定期的に通っていた水島は、ある日、担当の医者から診察前にこう言われた。

「そういえば水島新司さんって、同姓同名なんですね」

 水島はなんだか申し訳なさそうに「それ僕です……」と答えると、担当医は大層驚いた。セレブ系も通院するクリニックだけあって俳優、モデルといった著名人に慣れっこの医者でも「水島新司」の名前を聞いた途端、「僕も小学校の頃『ドカベン』読んでましたよ」と即座に告げるほど興奮を隠しきれないでいた。水島は「どうもありがとうございます。もう60年以上書いているのでもう休みたいです」と照れながらただただ下を向いていた。

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