そして個人的な史上で、冴えない役の高得点を叩き出したのは映画『容疑者Xの献身』(2008年)の石神哲哉役。『やまとなでしこ』の中原欧介に続き、ここでも不遇の数学の天才を演じていた。この作品は原作も読んだけれど、石神は冴えないを通り越して、かわいそうなほど孤独に、そして慎ましく生きていた。しかも冴えなさに負荷をかけるように、見た目は中年小太りの、白髪混じりの老け顔。こんな設定にも関わらず、堤さんは完璧なビジュアルで登場していた。おそらく体重も増やしただろうし、姿勢も悪くしただろうし……。この映画での共演者は福山雅治さん、柴咲コウさん、松雪泰子さんと美しさが百花繚乱。この中で美を凌駕するかのように、堤さんは冴えなかった。この作品の影の主役。
寝癖のボサボサ頭が絵になる
テレビ局が堤さんの冴えない魅力に気づいてしまったのだろうか……? と思わせたのは『スーパーサラリーマン左江内氏』(日本テレビ系、2017年)の主役・左江内英雄役だ。読んで字のごとく「左江内」=「さえない」が苗字の、会社でも家庭でも立場のない父親役。でも誰かが危機に陥るとスーパーマンに変身する。この作品の前までは、“リアリティのある冴えなさ”がベース。でも『スーパーサラリーマン左江内氏』はコミカルでまた新鮮さがあり、面白かった。
そして現在放送中の『妻、小学生になる』に繋がる。妻命! で生きてきた新島圭介は、妻を失い全てのやる気を失った。自分をコントロールしてくれる存在がいないのだ。第一線から衰退してしまった会社では、後輩が上司となり、ますます彼の立場はなくなってしまう。
そこへ現れたのは、小学生の見た目ながらも中身は愛する妻というアンバランスな白石万理華(=新島貴恵)。初めは存在を疑っていたけれど、貴恵による自分の存在を立証する言動の数々に、妻が戻ってきたことに気づく。その時の圭介の笑顔と言ったら……! 光が差すという言葉そのままに、社内でも活気づく。
ただ、妻(小学生)からLINEの返事がない、お弁当を作ってもらえなかったというトラブルが続くと、圭介はまたしぼんでいく風船のようにやる気を無くしていく。まさに栄枯盛衰の圭介。ここで見つけたのが、落ち込んで寝癖を正さなかったのであろう、鳥の巣のようなボサボサヘアだ。これは『容疑者Xの献身』でも見られた冴えない役を盛り上げる、大事な要素。ここに目力の無さが加わって、冴えないおじさんが完成する。
世の中にはさまざまなタイプの俳優がいるけれど、冴えない役をやらせたら、国内で堤さんの右に出る者はいない。そう信じて次週の放送を待つ。
【プロフィール】
小林久乃(こばやし・ひさの)/エッセイスト、ライター、編集者、クリエイティブディレクター。これまでに企画、編集、執筆を手がけた単行本は100冊以上。近著に『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(KKベストセラーズ刊)。2022年3月に新刊発売予定。静岡県浜松市出身