《あの子たちは心羽じゃないのに、気に入られたくなっちゃうんだよねえ。いい大人がさあ、情けないよ》
作中では、性や恋愛のあり方やライフスタイルの多様性に加え、人間の多面性にも光が当てられている。上のセリフは、一見パワハラまがいの上司がホテルの客に離れて暮らす娘を重ね合わせ、弱音を吐くシーンだ。
「登場人物の心情や行動を書くときに、『この人はいい人、この人は悪い人』という風にあえて一貫性を持たせないように意識しました。誰の中にも嫌な面といい面もあるし、それも見る人によっても全然変わってしまうような曖昧なものでもある。
とくにいまの時代、白黒つけたりわかりやすく表現することって、現実世界のSNSで多くの人がやってしまっているように思うんです。たとえばYouTubeで人気者になろうと思ったら自分をキャラクター化しなければならなかったりする。だけどそうやって自分や他人に一貫性を課すのは苦しさを生むのではないか、と思って。であれば、物語はあえて複雑で曖昧な方向に進んで、いろいろ考えてもらってもいいのかな。深読みは大歓迎です(笑い)。自分が意図していないところで話題になるなら、その方が面白い」(大前さん)
《切れ長の目。薄い唇。横に並ぶと見える、頭のてっぺんにふたつあるつむじ。左右でバランスがおかしい眉。高校生のときに抜きすぎてしまったらしくて右だけ不揃いだ。いつもは凜としているのに、笑顔は幼く見えて、笑っているときも、笑っていないときもかわいい》
本作の魅力は、人を好きになった時に感じる世界や相手がいかにまぶしく、美しく感じるかの描写にもある。
「ただ、書く時に誰かと比べてきれいとかイケメンとか、ルッキズムを助長するような表現はしないように意識しました。ドラマや映画、漫画で美男美女ばかりが出てくることには何となく違和感があって。
そもそも恋愛コンテンツで王道とされている、男の人が引っ張っていくとか『お前がいないとだめなんだ』と言われて女性が喜ぶ、みたいな流れは“対等”ではなく“支配”にも感じるんです。“共依存”とまではいかなくても、お互いに寂しさを埋め合っているというか、実はお互いが相手を利用しているだけ、という関係も少なくないように感じるんです」(大前さん)