ライフ

【書評】谷川健一と谷川雁 振幅の大きい兄弟の人生を追った対比評伝

『谷川健一と谷川雁 精神の空洞化に抗して』著・前田速夫

『谷川健一と谷川雁 精神の空洞化に抗して』著・前田速夫

【書評】『谷川健一と谷川雁 精神の空洞化に抗して』/前田速夫・著/冨山房インターナショナル/3080円
【評者】平山周吉(雑文家)

 身体もスケールも破格に大きい兄と弟の対比評伝である。二人は大正時代後期に水俣の医者の家に生まれた。戦中派である。兄は結核で兵役を免れ、弟は陸軍で三回も営倉に入れられた。戦後、兄は編集者から在野の民俗学者に転じた。弟は詩人であり、三池闘争を主導した後、語学教育に転じた。振幅の大きな、この兄・谷川健一と弟・谷川雁の人生を、著者・前田速夫は丁寧に追いかける。彼らの軌跡に、「戦後日本社会のオプティミズムとニヒリズム」を超克するヒントがあると考えるからだ。

 二人の言葉の中でもっとも有名なのは、弟の「連帯を求めて孤立を恐れず」であろう。全共闘運動華やかなりし頃の合い言葉となった。弟は過激な「工作者」「オルガナイザー」であったが、弟よりも出遅れた兄は「独立独歩」の静かなる「永久歩行者」だった。

 水と油であってもおかしくない二人の相互影響を確かめながら本書は進んでゆく。学生時代の愛読書は兄が「荘子」、弟が「老子」だった。「声なき民衆」を浮き彫りにした二人だが、著者は「雁の底辺の人間に寄せる思いがいささか観念的であるのに対して、健一は無告の民の日々の生活や日常から目を離さない」と対比する。

 兄もまた卓越した「オルガナイザー」だったことは、「地名を守る会」の運動となった。土地の記憶であり「歴史の索引」でもある古い地名が、行政によって消滅させられることへの危機感から、「日本地名研究所」を設立する。

 著者は弟と会う機会はなかったが、兄からは大きな影響を受け、みずからも在野の民俗学の道に進んだ。本書に引かれる健一の言葉は衝撃的である。戦後日本は「頸椎がちょっと外れてる」と。酒席で酩酊が深まると、愛国を声高に叫ぶタカ派の論客を批判し、あたかも無国籍人であるかに振る舞う知識人を軽蔑したという。健一の晩年の短歌から二首を引く。

「民族の誇の発条もなくしたる夏あつきかなほろびの国は」
「つひにわれ人間を憎みて終らむか夕陽蕩かす空棚の火酒」

※週刊ポスト2022年6月24日号

関連記事

トピックス

2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《異なる形の突起物を備えた光沢感あるグローブも…》10代少女らが被害に遭った「エプスタイン事件」公開された新たな写真が示唆する“加害の痕跡”
NEWSポストセブン
「みどりの『わ』交流のつどい」に出席された秋篠宮家の次女、佳子さま(2025年12月15日、撮影/JMPA)
佳子さま、“ヘビロテ”する6万9300円ワンピース 白いジャケットからリボンをのぞかせたフェミニンな装い
NEWSポストセブン
オフシーズンを迎えた大谷翔平(時事通信フォト)
《大谷翔平がチョビ髭で肩を組んで…》撮影されたのはキッズ向け施設もある「ショッピングモール」 因縁の“リゾート別荘”があるハワイ島になぜ滞在
NEWSポストセブン
愛子さまへのオンライン署名が大きな盛り上がりを見せている背景とは(時事通信フォト)
「愛子さまを天皇に!」4万9000人がオンライン署名、急激に支持が高まっている背景 ラオス訪問での振る舞いに人気沸騰、秋篠宮家への“複雑な国民感情”も関係か
週刊ポスト
群馬県前橋市の小川晶前市長(共同通信社)
「再選させるぞ!させるぞ!させるぞ!させるぞ!」前橋市“ラブホ通い詰め”小川前市長が支援者集会に参加して涙の演説、参加者は「市長はバッチバチにやる気満々でしたよ」
NEWSポストセブン
ネットテレビ局「ABEMA」のアナウンサー・瀧山あかね(Instagramより)
〈よく見るとなにか見える…〉〈最高の丸み〉ABEMAアナ・瀧山あかねの”ぴったりニット”に絶賛の声 本人が明かす美ボディ秘訣は「2025年トレンド料理」
NEWSポストセブン
千葉大学看護学部創立50周年の式典に出席された愛子さま(2025年12月14日、撮影/JMPA)
《雅子さまの定番カラーをチョイス》愛子さま、“主役”に寄り添うネイビーとホワイトのバイカラーコーデで式典に出席 ブレードの装飾で立体感も
NEWSポストセブン
12月9日に62歳のお誕生日を迎えられた雅子さま(時事通信フォト)
《メタリックに輝く雅子さま》62歳のお誕生日で見せたペールブルーの「圧巻の装い」、シルバーの輝きが示した“調和”への希い
NEWSポストセブン
日本にも「ディープステート」が存在すると指摘する佐藤優氏
佐藤優氏が明かす日本における「ディープステート」の存在 政治家でも官僚でもなく政府の意思決定に関わる人たち、自らもその一員として「北方領土二島返還案」に関与と告白
週刊ポスト
大谷翔平選手と妻・真美子さん
《チョビ髭の大谷翔平がハワイに》真美子さんの誕生日に訪れた「リゾートエリア」…不動産ブローカーのインスタにアップされた「短パン・サンダル姿」
NEWSポストセブン
石原さとみ(プロフィール写真)
《ベビーカーを押す幸せシーンも》石原さとみのエリート夫が“1200億円MBO”ビジネス…外資系金融で上位1%に上り詰めた“華麗なる経歴”「年収は億超えか」
NEWSポストセブン
神田沙也加さんはその短い生涯の幕を閉じた
《このタイミングで…》神田沙也加さん命日の直前に元恋人俳優がSNSで“ホストデビュー”を報告、松田聖子は「12月18日」を偲ぶ日に
NEWSポストセブン