それらをフィクションという枠に収めて形にした訳だけれど、だからといって過去の事実は小さくまとめられたわけではない。架空の要素が付け足され、部分的には希釈され、だからこそ読み手に深く届くようになったという手ごたえを感じながら書いた。書きながら、綴り手としての自分の意図を超えて物語が広がっていくような、そんな可能性を信じていられた。今回の応募作だけではない。今まで書いた物語は全てそうだ。もちろん、技術的な部分で未熟なところや後悔するところはまだまだある。今回の賞だってどう評価されるかは分からない。
しかしたとえ落ちたとしても、「颶風の王」を書いたことは無駄ではない。落選した際の心構えとは別の部分で、私はそう確信していた。そして、もっともっとうまくなりたいなあ、と突き上がるような思いを抱きながら、旭川への道を急いだ。
これから小説は「仕事」
そして緊張に満ちた数時間の後。
夜、私は旭川の居酒屋でビール(下戸なのでノンアルコール)を飲みながら、肉じゃがをつついていた。
選考会の結果、私の小説の受賞が決定したのだ。
よかった。うれしい。やったぜ。
どれも合っていたし、どれも違う。ただただ、『呆然』。その一言に尽きる。自分の書いた小説が、本になって、書店に並んで、人様に読んでもらえることになった。作家としてデビューできるのだ。その事実がまだ飲み込めない。
女ひとり呑みで、ノンアルビールでボーっとしていた姿が奇妙だったのか、お店の大将がこちらをちらちらと見ている。
「旭川には、お仕事で?」
と聞かれて、一瞬焦った。
「あ、ええまあ、そんな感じです」
あまりちゃんとした答えを用意できないまま返事をして、ふと気づいた。そうだ、仕事なんだ。これからは、小説を書くことが趣味ではなく仕事になる。
そっか。そうだ。これから、私にとって小説は仕事だ。
そう考えて、ようやく現実を認識し始めた。全身の力が泥のように抜ける反面、背中に一本長い定規を入れられ、背筋が伸びたような気がした。
よーし、やりますか。