ライフ

【逆説の日本史】歌人石川啄木が持っていたジャーナリスト的「嗅覚」

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立IV」、「国際連盟への道2 その1」をお届けする(第1346回)。

 * * *
 ここで、明治時代の終焉から大正時代の開始までの三年間に起こったことを時系列的に整理しておきたい。

 たとえば、前章までの記述では乃木大将の殉死の後に幸徳秋水の「大逆事件」を記したが、これは内容の理解度を深めるためにそうしたのであって、実際には乃木の殉死は明治年間の「大逆事件」より後の「大正に入ってから(大正元年〈1912〉9月13日。今回に限り、西暦では無く元号を優先した日付表記にする)」である。また、この『逆説の日本史』の項目として述べた日韓併合も記述したのはずいぶん前だが、実行されたのはこの「三年間」なのである。

 さらに、同時期に起きた社会的あるいは文化的事件も整理しておきたい。これらは政治経済と常に連動するとは限らないが連動する場合もあるし、時代のイメージを感じ取るためにはその把握も必要だ。たとえば、この「三年間」に明治を代表する歌人石川啄木が肺結核で満二十六歳の短い生涯を閉じている。その命日は明治四十五年(1912)四月十三日、大正元年は同じ年の七月三十日からだから、あと少しで「大正」だったことがわかる。言うまでも無いが、七月三十日は明治天皇の「命日」でもある。歌人啄木としての代表作は、

〈頬につたふ
なみだのごはず
一握の砂を示しし人を忘れず

ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢつと手を見る

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ〉

 などなど枚挙にいとまは無いのだが、啄木の生前には引用した五首のうち冒頭の一首がタイトルの由来になっている第一歌集『一握の砂』が辛うじて刊行されていたものの、「人がみな 同じ方角に向いて行く。それを横より見てゐる心」などが収録されている第二歌集『悲しき玩具』が刊行されたのは没後のことである。生きている間には間に合わなかったということだ。ちなみに、啄木の本名は石川一。歌人の号としての「啄木」は、病魔に悩まされ故郷岩手に帰ったときに「ほゝけては藪かけめぐる啄木鳥のみにくきがごと我は痩せにき」と自嘲したのが由来らしい。啄木鳥つまりキツツキの、木をつつく音が彼の心に響いたのだろう。

 啄木は、その短い生涯の晩年期には社会主義に関心を深めていた。生涯病魔に悩まされ経済的に困窮したのが、その直接のきっかけだろう。いわゆる「福祉」などという概念はまだ普及していない。

 明治十年(1877)の西南戦争をきっかけに、「敵味方の区別無く救護する」という赤十字活動の前身にあたるものが佐賀藩出身の佐野常民によって始められた。博愛社と称したこの組織は、明治十九年(1886)に日本政府がジュネーヴ条約に調印したことにより翌明治二十年(1887)に日本赤十字社と改称し、いまと変わらない活動を始めていた。

 また、「貧民救済」つまり「富者は貧者を助けるべきだ」という欧米スタイルの慈善事業も始まっていた。じつは、明治天皇がこの「三年間」のうちの明治四十四年に「無告ノ窮民ニシテ醫藥給セス天壽ヲ終フルコト能ハサルハ朕カ最軫念シテ措カサル所ナリ(声無き貧民が医薬を与えられずに天寿をまっとうすることが出来ないのは、朕〈明治天皇〉のもっとも懸念するところである)」という内容の『済生勅語』を発し、百五十万円を下賜して済生会を発足させている。

関連キーワード

関連記事

トピックス

熱愛が報じられた長谷川京子
《磨きがかかる胸元》長谷川京子(47)、熱愛報道の“イケメン紳士”は「7歳下の慶應ボーイ」でアパレル会社を経営 タクシー内キスのカレとは破局か
NEWSポストセブン
水原一平受刑者の一連の賭博スキャンダルがアメリカでドラマ化(gettyimages /共同通信社)
《大谷翔平に新たな悩みのタネ》水原一平受刑者を題材とした米ドラマ、法的な問題はないのか 弁護士が解説する“日米の違い”
NEWSポストセブン
広末涼子(時事通信フォト)
《時速180キロで暴走…》広末涼子の“2026年版カレンダー”は実現するのか “気が引けて”一度は制作を断念 最近はグループチャットに頻繁に“降臨”も
NEWSポストセブン
三笠宮妃百合子さまの墓を参拝された天皇皇后両陛下(2025年12月17日、撮影/JMPA)
《すっごいステキの声も》皇后雅子さま、哀悼のお気持ちがうかがえるお墓参りコーデ 漆黒の宝石「ジェット」でシックに
NEWSポストセブン
前橋市長選挙への立候補を表明する小川晶前市長(時事通信フォト)
〈支援者からのアツい期待に応えるために…〉“ラブホ通い詰め”小川晶氏の前橋市長返り咲きへの“ストーリーづくり”、小川氏が直撃に見せた“印象的な一瞬の表情”
NEWSポストセブン
熱愛が報じられた新木優子と元Hey!Say!JUMPメンバーの中島裕翔
《20歳年上女優との交際中に…》中島裕翔、新木優子との共演直後に“肉食7連泊愛”の過去 その後に変化していた恋愛観
NEWSポストセブン
金を稼ぎたい、モテたい、強くなりたい…“関節技の鬼” 藤原組長が語る「個性を磨いた新日本道場の凄み」《長州力が不器用さを個性に変えられたワケ》
金を稼ぎたい、モテたい、強くなりたい…“関節技の鬼” 藤原組長が語る「個性を磨いた新日本道場の凄み」《長州力が不器用さを個性に変えられたワケ》
NEWSポストセブン
記者会見に臨んだ国分太一(時事通信フォト)
《長期間のビジネスホテル生活》国分太一の“孤独な戦い”を支えていた「妻との通話」「コンビニ徒歩30秒」
NEWSポストセブン
イギリス出身のお騒がせ女性インフルエンサーであるボニー・ブルー(EPA=時事)
《“勝者と寝る”過激ゲームか》カメラ数台、USBメモリ、ジェルも押収…金髪美女インフルエンサー(26)が“性的コンテンツ制作”で逮捕されなかった背景【バリ島から国外追放】
NEWSポストセブン
「鴨猟」と「鴨場接待」に臨まれた天皇皇后両陛下の長女・愛子さま
(2025年12月17日、撮影/JMPA)
《ハプニングに「愛子さまも鴨も可愛い」》愛子さま、親しみのあるチェックとダークブラウンのセットアップで各国大使らをもてなす
NEWSポストセブン
SKY-HIが文書で寄せた回答とは(BMSGの公式HPより)
〈SKY-HIこと日高光啓氏の回答全文〉「猛省しております」未成年女性アイドル(17)を深夜に自宅呼び出し、自身のバースデーライブ前夜にも24時過ぎに来宅促すメッセージ
週刊ポスト
今年2月に直腸がんが見つかり10ヶ月に及ぶ闘病生活を語ったラモス瑠偉氏
《直腸がんステージ3を初告白》ラモス瑠偉が明かす体重20キロ減の壮絶闘病10カ月 “7時間30分”命懸けの大手術…昨年末に起きていた体の異変
NEWSポストセブン