「虫の知らせというか、僕も大丈夫かな?と、彼の部屋を頻繁にのぞきに行くようになったんです。そしたらあまりトレードしてなくて、以前と違って熱心にやっている感じがなかったんです。『大丈夫か?ちゃんと仕事としてやらんと』と言うと『すいません、今動かしている額は小さくしているので、ちょっと時間があるんです』とよく分からない言い訳をする。動かしてないお金をどうしてるのかと聞くと『いまは相場が危ういし、大きな額を動かすと決済しにくいから、半分ぐらいでやってます』と言われて、めちゃくちゃ不安になってきたんです。
『ほんなら、お前が預かっている金のうちから、いくらか戻しておいてくれ』と言って、いくばくかは戻してもらったんですよ。ある程度まとまった額なんですけど、それを日本円の現金で持ってくるから、余計に怖くなって」
A氏と連絡が取れなくなったのは、それから数日後のことだった。
「A氏のトレード仲間に聞くと、彼も連絡が取れないというので、そこで“飛んだ”ということがわかったわけです。急いで戻ってきたお金を皆で分けてから、方々を探し回りました。するとA氏が地方の実家に帰っていたことがわかったんです。
別のトレーダーに協力してもらって、彼に僕らから逃げてきたという芝居を打ってもらいました。誘い出したところで僕もその場に現れたんです。ファミレスで朝までA氏と話しましたが、お金は無いと言う。ネット口座も仮想通貨のウォレットもその場で見せてくれたのですが、本当にすっからかんでした」
木本が今まで見ていた利益の出ているトレード画面は何だったのか? A氏は当初「トレードに失敗した」と言っていたがそれすらも嘘だった。
「話せば話すほど辻褄が合わなくなってきて、最終的に、僕に見せていたトレード画面が全部『デモ画面』だったと白状したんです。つまり実際はトレードしていない“練習用の画面”を見せていたんです。愕然としましたよ。トレードどころか何も運用していなかった。
僕の預けた100万円は、10倍近くになっているはずでした。みんなが預けた金はどこにいったのか? 彼に何度聞いても、はっきり言わない。運用で溶かしたなら文句も言えませんが、取引の実態がないのですから納得できるわけがありません。
朝方になってようやく彼は『トレードを頑張って、少しずつでもお返ししたいです』と言う。僕もテンパってたし、現実的にそれしか方法がないと思ったんです」
A氏の親も申し訳なさそうに「(息子に)責任を取らせてください」と言ったが、その後も思うような結果は出なかった。
「はらわたが煮えくり返る思いでしたが、あまり追い詰めても良くないので、下手に出て丁重に扱いましたよ。とにかく取り戻さないと、という一心だったので。ところが、その矢先にまた連絡がつかなくなるんです。
皆で回収の方法を話し合いましたが、結論は出ない。この頃の僕は針のむしろでした。正直なところ、この件で悪い噂が広まるのが嫌だったんです。皆からの信用を失いたくないという一心で、僕が皆と借用書を交わすことにしたんですね。最悪の場合、僕が返しますと。
もちろん、僕がA氏を管理できていなかったという責任も感じていました。僕がいたからこそ、皆がお金を出したわけで『木本のせいでお金を失った』という話になるのが、すごく怖かった。だから僕が責任取るしかなかったんです」
前述のように、家族や親戚、知人を頼って木本は必死に金を集めた。