張作霖爆殺事件が起きた現場(写真/共同通信社)

張作霖爆殺事件が起きた現場(写真/共同通信社)

謀略の決定的な証拠

 私は7年前に『満蒙開拓、夢はるかなり』(ウェッジ)を上梓した。寒冷地農業の研究に取り組んだ「満蒙開拓の父」加藤完治と、彼に協力して満州に日本人移住の道を切り開いた東宮の実像を追ったノンフィクションである。昭和恐慌で疲弊した農村を救済するため、不毛の地である北満の開拓の先頭に立った東宮が、なぜ血腥い爆殺事件に加担したのか──私にはどうしても腑に落ちなかった。

 東宮の実家は、群馬県・赤城山中腹の老舗温泉旅館を経営している。私はこの取材で「赤城温泉御宿総本家」第17代当主・東宮惇允(あつよし)氏や、その分家の末裔で「満蒙開拓歴史研究会」を主宰する東宮春生氏と知り合い、以後、年に数回は「御宿総本家」を訪ねる仲となった。

 惇允氏は拙著が刊行されると、東宮本家に秘蔵されていた資料や写真を提供してくれるようになった。

 拙著によって張作霖爆殺の実行犯・東宮の全生涯が初めて明らかになったうえ、事件から90年以上が経過し「歴史」になったからだと惇允氏は言う。

 資料の中で私がとくに貴重だと判断したのが、張作霖爆殺事件直前の関係者の集合写真である。

 鉄路の間に座らされた二人の中国人苦力(労働者)。二人の間には中腰のガッシリした憲兵。それを取り巻く制服姿の軍人たち。立ち姿の男の、向かって左から二番目が河本大作。その右後ろから顔を覗かせた軍人が東宮鐵男である。事件直前に関係者が勢揃いして撮影したものに違いない。謀略の決定的な証拠と言っていいだろう。

 二人の苦力はこの後、刺殺され爆破現場近くに転がされる。事件は国民党の便衣隊(平服を着て後方を混乱させる部隊)の犯行のように偽装されたのである。苦力の懐中からは「爆破命令書」が発見された。もちろんニセモノである。

 もう一つ。貴重な資料がでてきた。和紙に毛筆で〈自昭和三年四月 至同四年十一月二日〉と表書きされた「満洲日誌 第二号」と題した東宮鐵男直筆の日記である。東宮は旧制中学の頃から戦死するまで日記を書き続けた。その大部分は従弟の東宮七男が編纂し1939年に新京(長春が満州国の首都となり改称)で発行された『東宮鐵男伝』に収録されているが、肝心の爆殺事件前後の1928年5月17日から6月8日までの23日分が〈都合により削除〉となっている。

後編につづく

【プロフィール】
牧久(まき・ひさし)/ジャーナリスト。1941年(昭和16年)、大分県生まれ。1964年(昭和39年)日本経済新聞社入社、東京本社社会部に所属。サイゴン・シンガポール特派員、1989年(平成元年)東京社会部長。その後日経新聞副社長を経て、テレビ大阪会長。著書に『不屈の春雷 十河信二とその時代』『満蒙開拓、夢はるかなり』(以上ウェッジ)、『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』(講談社)、『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』(小学館)。最新刊は、『転生 満州国皇帝・愛新覚羅家と天皇家の昭和』(同)。

※週刊ポスト2022年8月19・26日号

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