「物語」に懸ける思いを存分に語り合ってもらった
まず作り手から面白がる
池井戸:もともと銀行を舞台にしたミステリ小説でデビューした僕にとって、この作品は最後の銀行小説にするつもりで書き始めたものでした。でも、書き上げてから10年近くも放っていたんです。
三木:それ、気になっていました。なぜですか?
池井戸:何かが気に入らなかったんですよね。プロット(=物語の設計図)もなくダラダラ書いていたので、本にするときはかなり整理が必要でした。
三木:えぇーっ、プロットを作らないんですか。てっきり、すごく緻密に計算されて書かれているのかと……。
池井戸:原稿用紙500枚先の話なんて、作家にも想像できません。精緻なプロットを作ればその通りに進みますが、それでは予定調和で終わってしまって何の発見もないし、きっと読者もつまらないと思うんです。だから、まず自分が最初の読者の目線で読み進めて、最終的にまったく予想もしなかったことが起こったり、ひとつの台詞によって物語が大きく展開したり……そんなふうであるべきじゃないかと。
三木:期待感を、書き手が自分で超えていく。そこが池井戸さんのエンタメの肝なんですね。
池井戸:そうかもしれません。たまに失敗もしますけど(笑)。
三木:思わず「頑張れ!」と主人公たちを応援したくなる感じは、エンタメのお手本だと思います。恋愛映画では、おもに感情をベースにしてシーンをつないでいくんですが、今回は出来事の面白さでどんどん進めていく方向にしたほうがいいのかなと。ただ、その中でも山崎と階堂がお互いを感じ合う空気をどれだけ見せられるかが重要で……。現場では、竹内くんと横浜くんがお互いを意識するように、「彼、すごく銀行の勉強をしてるらしいよ」と片方に教えて焦らせたりして(笑)。
池井戸:ハハハ。小説は心理描写で進めるので、出来事ベースよりは、感情ベースといえると思います。登場人物にいろいろな出来事が起こる中でも、「この人物ならどんなふうに反応するだろうか?」と考えていく。ストーリーを優先してキャラクターを出来事に合わせて動かすと必ず破綻が生じますし、それを回避するためには解決策を発明しなくてはならない。1作品に2、3箇所は発明が必要になります。
三木:映画の場合の発明は、撮影現場というよりは脚本を練る段階でしょうね。とくに原作がある場合は、原作の面白さやテーマを壊さずに2時間でどう見せていくか……その点で今回、大事にしたのは時代性。この映画を誰に観てもらうかと考えたとき、時代設定を現代に寄せることを提案しました。原作で書かれたバブル崩壊前後の30年を、リーマンショック前後に。
池井戸:そうでしたね。
三木:やっぱり、若い人たちに響く話にしたかったんですよね。僕も団塊ジュニアの最後の世代で、受験が大変だったり就職氷河期だったりして「もうちょっと早ければいろんなことがうまくいったのに」と感じながら生きてきた実感がありますが、今の20代はもっと大変。だから、山崎と階堂の生き方にヒントを得て、希望を見出してもらえたらなと思ったんです。