山谷の都営住宅に移ったのは4月下旬
そんな近況を、母国の両親や友人には逐一伝えている。ところが、中には予想外の反応も返ってきた。
「私だって日本で大変な時もあるんです。でも、ウクライナの友人たちからは『戦争の渦中にいる私たちよりは恵まれている』『あなたはリゾート地にいるようなものだ』と決めつけられ、言いたいことも言えない。だから連絡を取らなくなりました。もう仲直りをしたいとも思いません」
異なる環境から生まれる心のすれ違い──そこには、嫉妬もあるだろう。同胞によるこうした葛藤は、戦争がもたらしたもう1つの現実だった。
ヴィクトリアさんは当面、埼玉大学には通うが、キーウ国立大学の修士課程もあと1年残っている。論文の準備もしなければいけない。
「考えることがたくさんあります。弟も日本の大学に行きたいと言い始めました。戦争もまだ終わらない。1年後はどうなっているかな」
ロシア軍のウクライナ侵攻から半年。日本にいる避難民たちも、手探りで活路を見出そうとしている。
【プロフィール】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)/1975年、三重県生まれ。ノンフィクションライター。上智大学外国語学部卒業。新聞記者やカメラマンを経てフリーに。2004~2017年にフィリピンを拠点に活動し、現在は東京。2011年『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『だから、居場所が欲しかった。』『脱出老人』など。
※週刊ポスト2022年9月9日号