ファム・ディン・タオさん。左頬にはベトナム戦争当時に負った傷跡が残る (フーイエン省、2022年8月)
事件の被害者らに再会
私は今年8月、ベトナム戦時下で起きた韓国軍による民間人殺害事件や、ライダイハン(韓国人男性とベトナム人女性の間に生まれた子どもを指す蔑称)問題を約13年かけて記録した拙著『韓国軍はベトナムで何をしたか』を上梓した。
米軍とともに南ベトナム側で参戦した韓国軍だが、その韓国軍による民間人殺害事件は、当時の南ベトナムで80件余り起き、犠牲者は9000人以上とされている。しかし、この問題について公的機関による調査は行われておらず、事件から50年以上が過ぎた今も、全容は不明のままだ。
私は同書で、事件で九死に一生を得た被害者やその家族、加害者とされる韓国軍元兵士ら数十名に会って集めた証言をまとめ、事件の真相に近付こうとした。
今回のベトナム渡航では、同書に登場する事件の被害者や取材協力者らに再会し、本を進呈したいと思っていた。コロナ禍の間に会えなかった彼らの近況を確認し、書籍の内容を伝え、感想を聞くことが旅の大事な目的でもあった。
ベトナム中部に位置するフーイエン省の取材で、いつもお世話になっているレンタカーのドライバー、ホー・ミン・サン兄(43)に拙著を渡すと、「この取材に同行できていることを私は誇りに思います。昔、この省で起きた事件のことを、妻や子どもたちに伝えます」と語ってくれた。
ドライバーのサン兄と(左側は村山氏)
また、1966年にフーイエン省ドンホア県ホアヒエップナム社(社はベトナムの行政区画の単位)トーラム村で起きた韓国軍による民間人殺害事件に遭遇し、左頬に大きな傷跡が残るファム・ディン・タオさん(65)は、「事件を起こした韓国人が謝罪のためにここに来るのは当然ですが、事件と関係のない日本人のあなたが何度も何度も訪問してくれることに感謝します。このように事件を書籍にして残すことは意味があります」と、心から再会を喜んでくれた。
ひとりの韓国兵が殺害され、事件は起きた
そして、旅の目的はもうひとつあった。クアンナム省フォンニ村に住むグエン・ティ・タンさん(62)に会うことだ。
タンさんが住むフォンニ村と隣村のフォンニャット村で起きた韓国軍による民間人殺害事件(1968年2月12日発生)では、74名が犠牲になったとされる。タンさんの家族は、左わき腹に銃弾を受け意識朦朧となったタンさんと、腹と尻を銃で撃たれて立てなくなった兄を除く5人がこの事件で命を落とした。なお同事件は韓国軍と米軍の共同作戦中に起きたとされ、米軍側の調査報告により虐殺の実態が明らかになっている。
1968年2月、韓国軍による民間人殺害事件が起きたフォンニ村。どかな田園風景が広がる。チョイさんは写真中央の家から事件を目撃した(クアンナム省、2022年9月)
タンさんは、事件から半世紀以上が過ぎた2020年4月、韓国政府を相手取り、「民間人虐殺に責任がある大韓民国政府は3000万ウォン(約300万円)を賠償せよ」と、ソウル中央地裁に訴えを起こした。ベトナム人被害者自身による訴訟は、これが初めてとなった。しかし、韓国政府は、「韓国軍によって被害を受けた事実が十分に立証されていない」「米軍に対抗した南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)が心理戦のために韓国軍に偽装し、民間人を攻撃した可能性がある」などと、未だにこの事件への関与を認めていない。