正確な被害の件数を把握するのは難しいが、駆除に関わるJPCAによれば「体感としては増え続けている」
トコジラミに刺されるとその痒みは筆者の旧知の中国人曰く「地獄」とのこと。ちなみに「南京虫」とも呼ばれるが、実は中国の南京市とは何の関係もない。古く日本では外来のものや珍しいものを「南京」と呼ぶ習わしがあり、南京錠や南京玉すだれ(これも中国とまったく関係ない富山県発祥の大道芸)と同様の経緯で「珍しい外国の虫」ということで「南京虫」と呼ばれた。古来、多くの文芸作品でもやっかいな虫として伝わるが、やはり特筆すべきは先の生命力と繁殖力、そしてまさしく「地獄」の痒みである。東京都保健局によれば、
〈刺されることによるかゆみ
* 夜間吸血されることが多く、寝ている人の手や足、首など露出している部分から吸血します。
* 非常に強いかゆみが生じます。初めて刺された人は症状がでないこともあります。また長期にわたり刺されたことで、かゆみを感じなくなることもあります。(個人差があります。)
* 強いかゆみにより、寝不足などで精神的に影響を受けることもあります。〉
とあるが、これそのままに彼も苦しむはめになってしまった。
「掻いたり叩いたりで落ち着かせようと思ったのですが、さらに失神するんじゃないかという痒みが襲ってきて、夜中に部屋から逃げ出しました」
それでも外にずっといるわけにもいかず、痒みに耐えながら荷解きしていない大きなダンボールを並べてベッド状にして横になったという。しかし、しばらくするとまた足元が痒みとは別にモゾモゾする。トコジラミがダンボールを登ってきたのだ。
「もう半狂乱で、急いでコンビニに行って殺虫剤を買ってきて部屋中に撒き散らしました。これも後から知ったのですが、トコジラミは暗くなると行動するのだそうです。あと普通の殺虫剤は効かないそうで、もっとトコジラミのことを知っていたらと後悔しています」
後述するが、むしろ殺虫剤でトコジラミがあちこちに逃げてしまい、被害を拡大した可能性が高い。次の日、彼が午前中に死骸を持って皮膚科に行くと「トコジラミ」と伝えられた。トコジラミは3分から10分と長い時間をかけて吸血する。そして人間の体内に抗体が形成されると痒くなり、アレルギー反応を引き起こす。痒みにともなう不眠症や神経障害、発熱などの症状はもちろん、例えば糖尿病で血糖コントロールがうまくいってない場合は細菌による皮膚感染から敗血症の危険もある。病院ではステロイドの軟膏を出されたが、長く痒みは続いた。