火葬の際に使うデレッキを持つ下駄氏。これを遺体が焼かれる炉の中に入れる
「ゆっくり、数分から数十分かけてですけどね。熱によって筋や腱が収縮し、ボクシングのファイティングポーズのような姿勢になっていくのです。手足が上がったり、腰が曲がったりねじれたり。若い方ほどよく動いていたように思います」
しかし、焼き終えた遺体をお骨あげするときには、“気をつけ”の姿勢をしているように思うのだが。
「焼いている途中に、上がってきた手足を火葬技師がデレッキ(金属製の火かき棒)で押さえて降ろしたり、焼き終わった後、ご遺族にお見せする前に整えたりしているからです」
火葬場の人たちの気遣いの結果だったのだ。そうした事情もあり、火葬中の遺体の目視は必要。今では当たり前になってはいる。しかし、かつてはそうではなく、そのために引き起こされたある事件がきっかけで当たり前になった、という歴史がある。
「実は昭和の時代に、とある年配の女性を火葬した際、途中で火が消え、お骨あげのために遺族の前に台を引き出したところ、真っ黒な生焼けのご遺体が出てきてしまった、ということがあったそうです。においも相当だったでしょう。ご遺族の気持ちを思うといたたまれなくなります」
火葬場にまつわるさまざまな噂は本当か
火葬場については、さまざまな噂がある。下駄氏はその噂に対して答えてもいる。噂には、火葬中の遺体から血が噴水のように吹き出す、という恐ろしいものもあるが、それについてはどうなのか。
「本当です。人間の身体は大部分が水分で占められているので、その水分が熱を加えると水蒸気となり、遺体はパンパンに膨張します。そのため、まれにですが、お腹あたりからピューッと血や透明な体液が吹き出すことがあるのです」
おもちゃの水鉄砲のようにピュッと出るぐらいのときもあれば、火葬炉の天井までビシャーッと勢いよく吹き出すこともあるという。想像すると恐ろしいが……。
「でも、水分が飛んだほうが火葬の時間が短くなり、骨がきれいに残るのでありがたいのです。だから、僕はそうしたシーンを見ると『あ、お手数をおかけします……』『ありがとうございます』という気持ちになっていましたね」
「生きたまま火葬してしまうことはよくある」という噂についてはどうか。
「それは真っ赤な嘘です。人が亡くなると、医師が死亡診断書という公的文書を発行します。この死亡診断書がないと役所に死亡届が出せませんし、火葬許可証をもらうこともできません。この火葬許可証がなければ火葬はできませんので、もし生きたまま火葬することがあるとすれば、医師の死亡診断が間違っていた、ということになってしまいます。亡くなられた方の身体の変化などからしても、生きたまま火葬されるなんてあり得ない、と僕は思います」
(後編に続く)
【著者プロフィール】
下駄華緒(げた・はなお)/1984年4月6日、兵庫県尼崎市生まれ。2013年、4人組ノンジャンル系バンド「ぼくたちのいるところ。」を結成しベースを担当。2018年、ユニバーサルミュージックからメジャーデビューし2020年解散。音楽活動をしながら火葬場や葬儀社で働き、業界を離れた後、“怖い話”をするトークライブを開催するように。2020年、竹書房主催のイベント「怪談最恐戦」2代目怪談最恐位に。YouTube「下駄のチャンネル」などで発信中。
◆文・構成/中野裕子