職員が任されている別の仕事
職員は遺体を焼くだけが仕事ではない。遺体を火葬する炉を、定期的に掃除をするのも仕事の一環だ。
「炉の壁には人間のなんらかの液だったり、副葬品だったりがこびりついているので、それをヘラでガリガリと削って剥がしていくのです。これがかなり過酷な作業。炉は前日から火葬をストップしているのですが、熱が残っています。中は耐熱のレンガ造りのような狭い空間。そこへ作業着、防塵メガネ、防塵マスクを着用して入り、しゃがんでひたすら作業をするので、全身汗びっしょりに。目の前にバーナーがあるのも怖かったですし、断熱扉も非常に分厚く危険なのです」
なんと、掃除中に扉が閉まりかけたことがあったという。
「突然、ウィーン! というけたたましい音が鳴り響いて、断熱扉が閉まり始めたのです。完全に閉まると、あとはボタン操作2つでバーナーから火が出てきてしまいます。必死で『おおい!』と叫び、中に僕がいることを訴えたら、ガチャン! という大きな音がして扉が途中で停止したのでホッとしましたが、本当に怖かったですね。ぼくより年上の同僚が誤って『閉』ボタンを押してしまったそうですが……」
生きた心地がしなかっただろう。本書ではこのほか、さまざまなエピソードが紹介されている。
「これらを読めば、火葬場というところがどんなところか、その実態がわかり、火葬場の見方も変わっていくでしょう。火葬場が怖いという方は、わからないから怖いのだと思います。火葬場で働く人がいかに普通の人たちで、ただ真面目に仕事をしているだけであることがわかれば、これまでは“わからない場所”へ故人を送っていた人も、これからは恐れず送り出すことができるようになるでしょう」
実は、下駄氏は祖母が亡くなったとき、自身の手で火葬をしたという。下駄氏の両親は、下駄氏が幼い頃に離婚。祖父母に育てられた下駄氏は、おばあちゃん子だった。その祖母を……と想像すると胸が痛む。
「悲しむ時間はまったくありませんでした。祖母は『あなたに火葬されるなら全然怖くないわね!』と嬉しそうに言っていたので、その数週間後に祖母が亡くなったとき、その瞬間から約束を果たすために奔走しましたし、火葬の最中は自分の家族だからといって特別扱いをしてはいけない、と思ったので。お骨あげも自分で行い家族に感謝され良かったのですが、祖母の最後の姿は真っ黒だったわけで、人に勧めるものでもない、とは思います」
下駄氏は火葬のリアルをよくわかっていたからこそ、怖さはなかったのだろう。火葬場は最終的には自分自身も行く場所。本書を読めば、恐れずに行けるようになるかもしれない。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
下駄華緒(げた・はなお)/1984年4月6日、兵庫県尼崎市生まれ。2013年、4人組ノンジャンル系バンド「ぼくたちのいるところ。」を結成しベースを担当。2018年、ユニバーサルミュージックからメジャーデビューし2020年解散。音楽活動をしながら火葬場や葬儀社で働き、業界を離れた後、“怖い話”をするトークライブを開催するように。2020年、竹書房主催のイベント「怪談最恐戦」2代目怪談最恐位に。YouTube「下駄のチャンネル」などで発信中。
◆文・構成/中野裕子