ライフ

【書評】伊野孝行と南伸坊、世代は違っても話が通じる二人のイラストレーターの美術談義

『いい絵だな』/著・伊野孝行、南伸坊

『いい絵だな』/著・伊野孝行、南伸坊

【書評】『いい絵だな』/伊野孝行、南伸坊・著/集英社インターナショナル/2420円
【評者】関川夏央(作家)

 伊野孝行と南伸坊、二人のイラストレーターによる対談本だ。テーマは「美術」の見方。開国後の日本が驚いた「写実」から、「印象派」「ヘタうま」「シュールレアリスム」「イラストレーション」「現代美術」まで縦横に、「笑い」とともに語る。

 伊野孝行は南伸坊の二回り年下だが、話はみごとに通じている。世代論ではなく、「いい絵」を「いい」と思う態度の根底について語りあうからだ。

 南伸坊は、「(アンリ・)ルソーの絵ってさ、デッサンや遠近法が狂ってるとか、そればっかり」といい、最初、笑われたのは「向こうの人が頑迷だっていうか、絵を見る方の常識が固まっちゃってて、美点が目に入らなかった」からだ、とつづけた。「日本人が見たら、最初からいい絵だって思いますよ」「絵を見る目は日本人の方が自由な分、先に行ってたってことだよね」

 ルソーの、いわば「ヘタうま」の絵は西欧の窮屈な絵画観を揺すぶった。「『ヘタうま』は素人には『オレにも描ける』と思わせ、プロには『オレには描けない』って絶望させる絵」という伊野孝行は、ルソーや若い時は相当ヘタだったセザンヌに刺激されたプロの代表が、デッサンでもなんでも生来「うまく描けちゃう」ピカソで、そんな「超一流の技術」を「ポイッて手放したところがエライんですよね」とつづけた。

 南伸坊は年季の入った著名人だが、伊野孝行は学生時代から二十年間も神田神保町の、「芸術新潮」を置いてあるような大きな喫茶店でバイト生活をしていた。彼が、自分の「うまさ」を警戒しながらイラストのプロになったのは四十過ぎのことだが、ここまで批評眼とユーモアを並立させた作家だったとは、私はこの本ではじめて知った。

「話が通じる」とは、互いにすでに漠然と持っていたアイディアが刺激を受けあう会話で言葉になり、カタチを与えられるということだ。この本の明るさとおもしろさは、そこから来ている。

※週刊ポスト2023年1月13・20日号

関連記事

トピックス

中村雅俊が松田優作との思い出などを振り返る(撮影/塩原 洋)
《中村雅俊が語る“俺たちの時代”》松田優作との共演を振り返る「よく説教され、ライブに来ては『おまえ歌をやめろよ』と言われた」
週刊ポスト
レフェリー時代の笹崎さん(共同通信社)
《人喰いグマの襲撃》犠牲となった元プロレスレフェリーの無念 襲ったクマの胃袋には「植物性のものはひとつもなく、人間を食べていたことが確認された」  
女性セブン
大谷と真美子夫人の出勤ルーティンとは
《真美子さんとの出勤ルーティン》大谷翔平が「10万円前後のセレブ向けベビーカー」を押して球場入りする理由【愛娘とともにリラックス】
NEWSポストセブン
各地でクマの被害が相次いでいる(秋田県上小阿仁村の住居で発見されたクマのおぞましい足跡「全自動さじなげ委員会」提供/PIXTA)
「飼い犬もズタズタに」「車に爪あとがベタベタと…」空腹グマがまたも殺人、遺体から浮かび上がった“激しい殺意”と数日前の“事故の前兆”《岩手県・クマ被害》
NEWSポストセブン
「秋の園遊会」でペールブルーを選ばれた皇后雅子さま(2025年10月28日、撮影/JMPA)
《洋装スタイルで魅せた》皇后雅子さま、秋の園遊会でペールブルーのセットアップをお召しに 寒色でもくすみカラーで秋らしさを感じさせるコーデ
NEWSポストセブン
11歳年上の交際相手に殺害されたとされるチャンタール・バダルさん(21)。千葉のビジネス専門学校へ入学しようと考えていたという
「『彼女がめっちゃ泣いていた』と相談を…」“背が低くておとなしい”浅香真美容疑者(32)と“ハンサムな弟”バダルさん(21)の「破局トラブル」とは《刺されたネパール人の兄が証言》
チャリティーバザーを訪問された秋篠宮家・次女の佳子さま(2025年10月28日、撮影/JMPA)
《4年会えていない姉への思いも?》佳子さま、8年前に小室眞子さんが着用した“お下がり”ワンピで登場 民族衣装のようなデザインにパールをプラスしてエレガントに
NEWSポストセブン
約2時間30分のインタビューで語り尽くした西岡さん
フジテレビ倍率2500倍、マンション購入6.2億円…異色の経歴を持つ元アナ西岡孝洋が明かす「フジテレビの看板を下ろしたかった」本当のワケ
NEWSポストセブン
佳子さまの“着帽なし”の装いが物議を醸している(写真/共同通信社)
「マナーとして大丈夫なのか」と心配の声も…佳子さま“脱帽ファッション”に込められた「姉の眞子さんから受け継ぐ」日本の伝統文化への思い
週刊ポスト
医師がおすすめ!ウイルスなどの感染症対策に大切なこととは…?(写真はイメージです)
感染予防の新常識は「のどを制するものが冬を制する」 風邪の季節に注意すべき“のど乾燥スパイラル”とは?
NEWSポストセブン
真美子さんが“奥様会”の写真に登場するたびに話題に(Instagram /時事通信フォト)
《ピチピチTシャツをデニムジャケットで覆って》大谷翔平の妻・真美子さん「奥様会」での活動を支える“元モデル先輩ママ” 横並びで笑顔を見せて
NEWSポストセブン
クマによる被害が相次いでいる(左・イメージマート)
《男女4人死傷の“秋田殺人グマ”》被害者には「顔に大きく爪で抉られた痕跡」、「クラクションを鳴らしたら軽トラに突進」目撃者男性を襲った恐怖の一幕
NEWSポストセブン