菅原脳神経外科クリニック理事長で医師の菅原道仁さんはうつ病と「酪酸」の関係に着目する。

「酪酸は腸内細菌にしか作れない短鎖脂肪酸です。実際にある動物実験で酪酸を投与されたマウスは、脳内の神経細胞の増加に欠かせない脳由来神経栄養因子(BDNF)が増加していました。BDMFが少ないとうつ病になりやすく、自殺未遂歴が増すとのデータもあります」

 久住さんは腸と「不眠」の関連も指摘する。

「2019年に科学誌『PLOS ONE』に発表された米ノバサウスイースタン大学の研究者らが中心となった論文では、腸内細菌に偏りがなく多様性に富む人は睡眠の質と睡眠時間が向上し、途中覚醒が減少しました。睡眠障害も『腸→脳』の流れのわかりやすい例です」

 認知症との関連を指摘する研究もある。2019年1月に国立長寿医療研究センターの佐治直樹医師らが発表した論文は、もの忘れ外来を受診した患者の便を収集して解析した。その結果、認知症患者は便中のアンモニアが有意に増加し、乳酸が減少していた。

「この論文では、肝臓が悪い人の血中アンモニア濃度が増えると意識障害や異常行動が生じることから、便中のアンモニア濃度が上がると認知症のリスクが高まると説明しています。対象人数が少なく未解明の部分が多い研究ですが、近年、腸内環境と認知症を結びつける論文が世界各国で発表されていることは事実です」(久住さん)

 実際、2022年7月には豪エディスコーワン大学などの研究チームが、腸内環境が悪い人はアルツハイマー病の発症リスクが高いと発表した。

「ほかにもパーキンソン病や多発性硬化症、自閉症など従来は脳に原因があると思われていた数々の病気が、実は腸に由来するのではと指摘され始めています」(菅原さん)

 腸内環境の悪化が、死を招くがんや生活習慣病のもととなる恐れもある。

「腸内細菌によって代謝が抑えられたり血糖値が上がりやすい人は糖尿病になりやすく、腸内にストレスを減らすGABAが少ない人は常に興奮しやすいので高血圧になる可能性があります。

 腸内細菌に含まれる毒素が肝臓の細胞を壊して非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を発症すると、肝臓がんにつながる恐れがあります。また、腸の状態が悪くて糖尿病や肥満になった人は、すい臓がんを発症するリスクがあります」(久住さん・以下同)

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