有村起用の理由は「根暗な部分を持っている」から
“分け隔てのなさ”の次に気になったのは“自己肯定感”だった。個人的には難しい感情・表現だと各所で痛感している。そもそも自分にもない意識だ。
ある時、ちひろさんは目の見えなくなった多恵さん(風吹ジュン)の願いを聞き入れて、雨の中、入院中の病院から車で連れ出す。そこで和やかな会話を交わして、何かを察した多恵さんからこう言われて、ちひろさんは優しく抱き寄せられる。
「今のあなたがとっても好きよ」──。たくさんの人を言葉や行動で救いながら、自分もまた誰かに認めてもらいたいとちひろさんは思っていたのではないか。そんな気色を映画から感じた。
決して聖母ではないが、ある種、掴みどころのない優しさを持つちひろさんを演じたのは有村架純。世間の注目を浴びることになったNHK朝ドラ『あまちゃん』(2013年)から早や10年が経つ。朝ドラの『ひよっこ』(2017年)、『中学聖日記』(TBS系列・2018年)、映画『花束みたいな恋をした』(2021年)など、毎年のように途切れることなく主演を重ねている。どれも話題作。いや、彼女の確かな存在が話題作にしたのかもしれない。
そして今回、元風俗嬢で「何を考えているかわからない」という難儀な役柄を、なぜ有村さんが演じることになったのか。起用の理由について、監督の今泉力哉氏がこう話している。
「ただ可愛らしいとか明るいとか柔らかいだけじゃない、ちゃんと暗さも持っている人だとは感じていて。(中略)ちひろさんを演じるなら、根明な人よりはある種、根暗な部分を持っているのは必須条件ですよねという話をしていたので、プロデューサーと相談しながら、有村さんにお願いしようという話になりました」
今泉監督が感性で選んだヒロイン。その目に狂いはなかったという。
「私の好みの芝居に寄せるなら、もっと芝居を抑えてしまったと思うんですけど、ちょうどいいオーバーさ加減やサバサバさ、その幅は意識してくださってましたし、違和感がなさ過ぎて私は現場で気づいてなかったんですけど、声のトーンも少し低くしてくれてたみたいで」(同前)
春間近の2月23日、『ちひろさん』はNetflixで全世界配信(一部、劇場でも公開)となる。私も再び、ちひろさんに会いに行こう。
【プロフィール】
小林久乃(こばやし・ひさの)/出版社勤務後に独立、エッセイ、コラムの執筆、編集、ライター、プロモーション業などが主な職業。著書に『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(KKベストセラーズ)、『45センチの距離感 つながる機能が増えた世の中の人間関係について』(WAVE出版)、『ベスト・オブ・平成ドラマ!』(青春出版社)がある。静岡県浜松市出身。Twitter:@hisano_k